儉imonium sinuatum - phase 16 -


ローエンから一連の問題に関する話を聞き終えた頃には少し陽が傾いてきていた。
夕食を一緒にどうかとジュードが尋ねるが、ローエンは仕事を残してきているようで、
そろそろオルダ宮へと戻らなければならないのだという。

そんなローエンをジュードの部屋があるこの建物の外までは見送ろうと、
全員揃ってジュードの部屋を出て、エントランスへと向かった。

 「また今度時間ある時にでもご飯しようね、ローエン!」
 「えぇ、是非とも」

レイアの言葉に頷きながらローエンが応じ、絶対ですよ、とエリーゼが念押しをした。
陽は傾いてきているとはいえ、まだ夕方というには早い頃合、
もともと中央広場のような往来があるような場所ではないため、建物前の通りは通行人が少ない。

 「それでは皆さん、またの機会に」

一礼とともに別れの言葉を口にするローエンにアルヴィンも応じようと思った折、
何かが爆発するような音がその言葉を遮るようにして飛び込んできた。
その音は、現在位置とラフォート研究所を繋ぐ道の方面から聞こえてきているようだ。

ラフォート研究所自体は多くの警備兵が投入されて厳戒態勢となっており、イル・ファン内の巡回も通常時よりも多いが、
それでも手薄な場所や時間が一切ないとは言い切れない。
結局のところ、警備兵の巡回こそあれど、ラフォート研究所に比べればそれ以外の場所の警備には隙がある。

 「見つけたぞ!」

ラフォート研究所方面から数人の集団がこちらへと向かって走ってくる様子が視界に入った。
その言葉は明らかにこちらを狙っている様子で、恐らくはアルヴィンとジュードを狙うアルクノアの残党なのだろう。
そうと分かっていて、この場から逃げ出すことは無関係の人間を巻き込む危険性が高く、迷惑をかけかねない。

 「警備兵がくるまで、ここで相手してるしかなさそうだな」
 「私、頑張ります」
 「こうなっては仕方がありません、じじいもひとつ頑張るとしましょうか」

エリーゼは両手で杖を握り、ローエンはするり、と鞘から細身の剣を抜き払う。
接近してくる相手の数はそこまで多くはなく、10人程度だろうか。
アルヴィンとジュードの2人で相手にするというのであればそれなりに厳しいものがあったかもしれないが、
エリーゼとレイア、そしてローエンが合流しているこのタイミングであれば難は無いはずだ。

既にエリーゼとローエンが詠唱を開始しており、アルヴィンは相手への牽制として数発のエネルギー弾を放つ。
鋭招来を発してから、ジュードが強く地面を踏み切って前方へと駆け出した。
レイアは自分自身へとシャープネスをかけた後に、接近してきた相手の方へと向かう。

左に銃、右に大剣を握り、前方にいるジュードのもとへと駆け寄れば、以前肩を並べて戦っていた頃を彷彿とさせられた。
襲撃者たちは重火器を手に構えて、遠距離からの攻撃を仕掛けてくる。
それをどうにか回避し、接近戦へと持ち込んだ。

 「くそっ」

アルヴィンのタイドバレットが数人の足を捉え、相手のたじろぐ声が耳に届く。
続け様にジュードの連牙弾、レイアの散沙雨が放たれ、被弾した相手がよろりと体勢を崩した。
アルヴィンが更にそこへ爪竜連牙斬で追撃を淹れたところで、ローエンのディバインストリークが敵を貫く。
少し遅れてエリーゼのネガティブゲイトが詠唱完了となり、宙に異次元への入り口が歪み出た。

 「アルヴィン、いくよ!」
 「おうよ」

宙へと飛び上がったジュードが、アルヴィンの発射したエネルギー弾を相手集団に向かって蹴り落とした。
地面へとエネルギー弾がぶつかった折、少し焦げるような臭いが鼻を掠め、
イル・ファン内で火炎系の共鳴術技はまずかったのではないか、と内心思いながらアルヴィンは苦笑する。

 「何事だ!」

そうこうしているうち、警備兵が数人こちらのほうへと声を発しながら駆けつけてくる姿が視界に入った。
一見すればどちらもイル・ファン内での交戦状態ということもあって不審ではあるが、
ローエンの姿を捉えて少し驚いたような様子ながらも、警備兵は状況を理解してくれたのだろう。

 「応援を呼んでこい!」
 「はっ!」

警備兵のリーダー格らしき人間の指示を受けて、1人がラフォート研究所方面へと駆け出した。
恐らくは先ほどの爆音の状況確認にラフォート研究所よりも近い場所まで警備兵の集団も出てきているだろう。
この場に残った警備兵たちはアルヴィンたちに加勢し、襲撃者たちを挟み込むような格好となった。
あとはもう時間の問題だろう。



間もなくして警備兵の応援が到着し、襲撃してきた人間を捕縛した。
てっきり最後まで激しく抵抗するか、応援が到着する前に頃合を見て逃げるかとアルヴィンは思っていたが、
思いのほかあっけないほどスムーズに彼らは捕まっており、事なきを得たものの少し腑に落ちない。

 「イルベルト殿、我々は軍本部までこの者たちを連行しますので、先に失礼させていただきます」
 「はい、私もすぐ向かいますので、聴取の準備もお願いできますか」
 「はっ!」

ローエンに向かって敬礼をした後、襲撃者たちを連行しながら一部の警備兵たちがこの場を後にした。
残っている警備兵に対し、ローエンがジュードの部屋があるこの建物近辺の警備を指示している。
ジュードに限らず、この建物にはラフォート研究所の研究員が詰めていることもあり、警備の強化は必要だろう。

 「どうにかなってよかったーもうびっくりしちゃったよ」
 「まぁ、ここまでの問題の経緯が分かったところで、解決したわけではなかったからね」

大きな溜め息とともに発せられたレイアの言葉に、ジュードは苦笑気味に言った。
確かに状況を理解したからといって、何一つ解決はしていない。

引き続き襲撃があることを想定してはいたが、午前中にアルヴィンを狙った警備兵が捕まったばかりだ。
しばらくは身を潜めて警戒しているものとばかり思っていたが、
まさかこうもすぐに次の襲撃があると、さすがに予測しきれない。
何にしても爆音があった方はどうか分からないが、こちらでは被害が出ずに済んで何よりだ。

 「皆さん、警備の隙をつかれてしまったようで、対策が及ばず申し訳ありません」
 「ローエンは悪くありません」
 「エリーゼ姫の言うとおりたぜ、そもそもこんな短期間での襲撃を予測しろってほうが無茶だろ」

円陣を組むような格好で5人で顔を合わせ、アルヴィンは肩を竦めながら思っていたことを口にしてみる。
そう感じていたのはローエンと、そしてジュードも同じだったようだ。
アルヴィンとは向かい合うような位置に立っているジュードが右手を持ち上げ、いつもの考えるポーズをとっている。

 「襲撃があること自体は予測できていたけど、何で味方が捕まってすぐに行動に出たのかな・・・・・・」
 「切羽詰ってた、とか・・・・・・?」
 「それもあるとは思いますが、これまでの襲撃での計画性を考えると、やはり今回は随分と突拍子ない襲撃です」

この唐突な襲撃であれば隙を狙えることは確実ではあるものの、隙を狙ったことにより効果があったとは言えない。
午前中の襲撃が失敗した場合の予防線、それとも今度はジュードを主なる標的とした襲撃だったのか。
どちらにしても、あまりに決定力に欠ける襲撃だったこともあり、いまいち要領を得ない。

 「ま、とりあえず聴取の結果待ちってことかね」
 「えぇ・・・・・・また話を聞ければですが、新しい情報が入り次第お伝えしにまいります」
 「うん、そうしてもらえると・・・・・・」

ローエンの言葉に相槌を打つジュードの言葉が曖昧に途切れる。
どうしたのかと思い、アルヴィンはローエンのほうへと投げやっていた視線を目の前に立つジュードへと向けた。
眉間に皺を寄せて目を細め、何かを見ているようだ。
視線の先はアルヴィンの後方、少し上のあたりに向けられていたため、肩越しに後方へと振り返ってみる。

 「アルヴィン!」

ジュードに名前を呼ばれ、右腕を下方向へと強く引っ張られて何事かと慌てて顔を前に戻した。
しかし、不意のこともあって踏み切れずに、アルヴィンの体が傾いてそのまま地面へと倒れ込む。
続け様、後方から乾いた音がひとつ聞こえてきた。

辛うじて受身は取れ、座り込んだまま見上げる格好でジュードへと視線を向けると、
彼の体がぐらりと揺れて、そのまま後方へと倒れていく様子を捉えた。


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そろそろ終盤・・・・・・だと思います。