儉imonium sinuatum - phase 17 -


スローモーションになって映るジュードの姿に、アルヴィンは慌てて立ち上がった。
どうにかその体が地面へと落下する前に抱きとめなければ、と両手を必死に伸ばす。
遠くから再び乾いた音がなり、ジュードへと伸ばした左腕に鋭い痛みを感じた。

 「ぐ・・・・・・っ、ジュード!」

歯を食いしばって痛みをやり過ごしながら、ジュードと地面が触れる直前、
その間へと右腕を滑り込ませてジュードの上体を抱きとめたが、そのまま座り込む格好となった。
頭上ではローエンが警備兵たちに指示を出しているらしい声が聞こえてくる。

 「・・・・・・っ!」

じわり、じわりとジュードの服に染みが広がっていく。
その染み場所を察したところで、さぁ、と血の気が引いていくのを感じながら目を見開いた。
アルヴィンの頭は真っ白で、ただ呆然とその染みが広がり行くジュードの左胸のあたりに視線を落とす。

 「うそ・・・・・・」

ジュードを挟んで向かい側に立つレイアがぽつりと零す。
すとん、とその場へと座り込んだ彼女の手がジュードの左胸へと伸ばされた。
数拍子遅れて動き出したエリーゼも、レイアの隣に座り込んで同じように手を翳している。

もとはといえばジュードの護衛のためにここへ来たというのに、そして何より守りたい相手であるのに、
自分が油断したばかりに、とアルヴィンの頭の中は自己嫌悪と彼を失うのではという不安とがぐるぐると混ざり合う。
必死で応急処置をしている2人が翳している手を、祈る気持ちで見つめる他、アルヴィンにはどうすることもできなかった。



その後のことをアルヴィンは殆ど覚えていない。
狙撃してきた人間を警備兵が捕らえ、ローエンはその対応のためオルダ宮へと向かった。
アルヴィンはエリーゼとレイアが応急処置を終えたあと、ジュードを抱えてタリム医学校へと2人と共に向かい、
医者に診せたあたりからはもう記憶が曖昧になっている。
ジュードを医者に託したあと、アルヴィンの怪我に気づいたエリーゼが傷を癒してくれたが、礼は言えていただろうか。

ジュードの怪我は急所こそ外れてはいたものの左胸のあたりを狙撃されたことにかわりはなく、
応急処置がはやかったこともあり命に別状はないとはいえ、まだ安心できる状態ではない。
以前アルヴィンも厄介になっていた入院用の一室を宛がわれ、ジュードの意識が回復するのをただ待った。

 「ちょっとエリーゼ寝かしつけてくるね」

部屋のソファで舟を漕いでいるエリーゼを見かねた様子で、ベッドの側に寄せていた椅子からレイアが立ち上がる。
ベッドを挟んで丁度向い側に椅子をよせて座っていたアルヴィンは、いっそレイアも少し睡眠をとったほうがいいのではと思った。
彼女がジュードを大切に思っていることはよく知っているし、その疲弊した表情はさすがに無視できるものではない。

 「おたくも少し横になっとけって」
 「え、でも・・・・・・」
 「もし何か状況が変わったら起こすし、交代のほうがいいだろ」

窓の外はすっかりと暗くなっており、そろそろ日を跨ぐ頃合だ。
色々と思うところがある気持ちは察しがつくが、眠れる時に眠っておかなければいざという時に困る。
それはレイアも理解しているようで、渋々ではあったものの頷いて応じた。

 「・・・・・・じゃあ、何かあったらすぐ起こしてね」
 「了解」

ソファに腰かけていたエリーゼを立たせ、レイアがその手を引く。
部屋の隣には仮眠用のスペースが用意されているため、そちらへと繋がる扉へと向かっていった。
その扉が閉まり、2人の姿が見えなくなったところでアルヴィンは溜め息を零す。

 「何で俺なんか庇ったりすんだよ・・・・・・」

横たわるジュードの右手を握ったままベッドの縁に肘をついてその手を持ち上げ、彼の指に唇で触れる。
そんな問いを彼が聞いたらまた自虐的だなどと言われそうではるが、
前途有望な彼が命を賭してまで守ろうとするほどの価値を、アルヴィンには自分自身に見出せずにいた。

 「ジュード」

ぽつりと彼の名前を呟くと、視界がじわりと滲んでアルヴィンは目を瞑った。
ぎゅっと彼の手を握り、頬を水滴が流れ落ちていくのを感じる。
こうやって涙することなどどれ位ぶりだろうか、もう長いことなかったような気がした。

しばらくそうしていると、ふいに握っているジュードの指先が動いたような気がして、アルヴィンは目蓋を持ち上げる。
その指は手を握るアルヴィンの手を少し撫でるように僅かに動いていて、
視線を手からジュードの顔へと向けると、暗がりながらもその瞳がこちらを向いていることが分かった。

 「・・・・・・ジュード、意識戻ったのか」

名前を呼べば、彼は眉尻をさげて微笑んでいる。
アルヴィンは椅子から立ち上がり、ジュードの手を握っていた手を離し、彼の顔を挟み込むように両手でその頬に触れた。
その額に唇で触れて顔をあげると、すっと伸ばされた彼の手がアルヴィンの目尻を拭うように動く。

そして彼の口が何かを発しようと動いたところで、何か異変を感じたように彼が僅かに目を見開いた。
どうかしたのかと見遣ると、先ほどアルヴィンの涙を拭っていた手を下ろした。
その指で彼自身の喉元を指差すようなジェスチャーをとる。

 「まさか、声でないのかよ」

アルヴィンの言葉に、ジュードは小さく頷いて応じた。
何とか言葉を発しようとしている様子ではあったものの、薄っすらと細い息が漏れる音しか聞こえない。
怪我のせいなのか、それとも薬物関係なのか、心的なものなのか。
原因が何であれ、自分のせいなのではないかとアルヴィンは言葉を失った。

呆然としていると袖をくいくいと引っ張られ、宙を彷徨っていた視線をジュードへと戻した。
手に何かを書くようなジェスチャーを見せられて、紙と書くものがほしいのだろうと察する。
彼の頬に触れていた手を離し、ベッドの側にあるテーブルからそれを取り、ジュードへと渡した。

 『多分怪我のせいで声帯まわりの神経が麻痺しているんだと思う』

さらさら、と何かを書いた紙を、ジュードがこちらへと見せるようにして差し出すとそう書いてあった。
神経だ何だということは詳しいことがアルヴィンには分からないが、ジュードが言うのだからそうなのだろう。
彼は再び紙に何かを書いている様子で、アルヴィンはベッドに寄せている椅子に腰掛けながらそれを待った。

 『呼吸はできてるから大丈夫、明日先生にみてもらえばいいし、そんな顔しないで』

やんわりと微笑むジュードの差し出す紙に書かれた文字を目で追っているうち、眉間に皺が寄るのを感じる。
仮にそれが一過性のものであったり、すぐ対処できるものだったとしても、怪我をさせたうえに、だ。
こんな状況になったのもあの時アルヴィンが警戒を怠ったせいだ、大丈夫だと言われても安堵できるはずもない。

 「・・・・・・ごめんな、俺のせいでこんなことになっちまって」

かり、と何かを書いて応じようとしていたジュードだったが、その手が止まったようで音が途切れた。
手に持っていたものを枕の横に置いたあと、こちらに向かって手招きをしている。
アルヴィンは椅子から立ち上がって、彼の顔を見下ろした。

 「ん?」

伸びてきたジュードの手がアルヴィンのスカーフをぐいと下に引っ張る。
前に倒れ込みそうになり、両手をジュードの顔の左右についた。
スカーフを握っていた彼の手が離れ、両手がアルヴィンの頬に触れてさらに下へと引く。

ジュードの唇がアルヴィンの額に、目蓋に、目尻に、そして唇にと触れる。
言葉を尽くすよりも行動で示したほうがはやいと思ったのだろうか、ジュードにしては随分と積極的な行動だった。

 「・・・・・・何だよ、慰めてくれてんの」

仕方ないな、といった少し困ったような顔でジュードは笑っている。
そして音になって聞こえてはこなかったが、アルヴィン、とその唇がゆっくりと紡いだ。
名を呼ばれたと読み取っただけでも込み上げてくるものがあり、再び視界が滲んでいく。
そっと動いたジュードの親指の腹が、アルヴィンの目蓋を優しく撫でた。


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アルヴィンとレイアの距離感の具合が難しい。