儉imonium sinuatum - phase 18 -


暗い部屋の中、頬を寄せ合い、唇を重ねているうち、ようやくと気持ちが落ちていくのをアルヴィンは感じた。
ジュードの声が出ないという問題が残っていることは分かっているものの、それでも彼の意識が戻ったことは大きい。

しかしそれと同時に、アルヴィンは己が心底ジュードに甘え寄りかかってしまっていることを改めて痛感させられ、
いつまでたっても成長できていない自分に対して暗い感情がふつふつと込み上げてくる。
額と額を触れ合わせ、ジュードの黒く艶のある髪をするりするりと梳いているうち、
その感情が顔に表れてしまったのか、ジュードが問いかけるような視線を向けてきた。

 「いや、いつまで経っても成長してねぇなって」

言葉数は少なかったがジュードが苦笑するのを見て、何となく伝わってはいるのだろうと思った。
アルヴィンの頬に触れていたジュードの手が動き、枕元に先ほど投げ置いたものへと手を伸ばす。
筆談をしようとしているのか、徐に何かを書き綴り始めた。

 『そんなことないよ、前と違ってちゃんと本心話してくれるようになったじゃない』
 「・・・・・・それって成長したっつーか、弱ってるだけなんじゃねぇの」

本心といっても物は言いようで、実際のところは以前よりも弱音がぼろぼろと零れるようになっただけのような気がする。
特にジュードの前ではそれが顕著で、それは本音で語っているというより、ただ彼の優しさに甘えているだけだ。
そう思って言葉を返せば、ジュードはゆるりゆるりと首を横に振り、再び筆を走らせる。

 『弱音も含めて、本音を言葉にする難しさは、僕も理解してるつもりだよ』

その紙をこちらへ見せるように向けながら、ジュードが空いている方の手でアルヴィンの頬をひと撫でした。
どうしてこうも彼は、自分よりも先を進んでいるのだろうかと心底思う。
11も年下であるのに己よりもよほど彼のほうが大人だ。

 「お前はホント、よくできた人間だわ」
 『僕もそうなだけだよ』

困り顔のジュードに、似たもの同士だ、などと言えば彼は微笑んで頷く。
本音を口にすることが得意な人間のほうがよほど少ないようにも思えたものの、
育った環境こそ違えど本音を語りづらいという環境の中で育ってきたことはお互い同じで、
だからこそ自分たちは言葉にすることが特に苦手なのかもしれない。

 『それに弱音を聞かせてくれるのは、少しは僕のことを頼ってくれているから、って思っていいんだよね』

ベッドに横たわったまま少し首を傾げるような様子を見せるジュードに、アルヴィンは苦笑した。
少しどころか、大いに、の間違いだ。

 「俺にとってはお前が心の拠り所なわけ、少しなんてもんじゃねぇっての」

そう応じれば少しきょとんとした顔の後に、ジュードは照れくさそうにその表情を崩した。
手触りのいい髪をゆっくりとした手つきで梳き撫でていた手で、彼の頬を包み込めば、
その手に摺り寄せるように顔が動く。

 「・・・・・・あーあ、これ以上喋ると余計墓穴掘りそうだわ、もう朝まで寝とけって」

くすり、といった様子でジュードが笑いながら頷いて応じた。
既に十分墓穴を掘っている気もしたが、情けないところを晒し続けることはさすがにプライドが許せない。
上体を起こして椅子に座ろうとしたところで、ぐっと左手首を掴まれた。

 「ん?どうしたよ」

視線をジュードへと戻し、立ったまま彼を見下ろす格好になる。
手首を掴んでいたジュードの右手が離れ、持ち上がったその手がアルヴィンの左二の腕を指差した。
そこには出血による染みが服に残っており、それが目に付いたのだろう。

 「あぁ、お前が撃たれた後に食らったやつ、傷口はエリーゼが塞いでくれたから痛みももうない」

だから心配するな、とジュードの髪を撫でながら笑う。
ふ、と力の抜けたような、安心したといった様子の顔で、ジュードが頷いて応じた。



翌朝、ジュードが目を覚ましたところで丁度よくエリーゼとレイアが仮眠室から戻り、
ジュードの声が出ないことを伝えると、最初は酷くショックを受けた様子ではあったものの、
それ以外のところは痛みが残っているわけでもなく大丈夫だというジュード本人の筆談もあり、2人とも少しは安心したようだった。

そして朝の診察時間を迎え、部屋にジュードの担当医が問診に訪れた。
声がでない状況をアルヴィンがジュードにかわって説明していると、
およそ説明が終わった頃合、ローエンの来訪を知らせる看護士が部屋に姿を見せる。

 「お急ぎのようで、アルヴィンさんをロビーに呼んでほしいと・・・・・・」
 「俺ご指名かよ・・・・・・外来受付のロビーでいいんだよな」

看護士が頷くのを見届けたところで、アルヴィンは椅子から立ち上がった。
行ってくる、と一言残してアルヴィンは看護士とともに部屋を後にする。
その看護士とは部屋の前で別れ、朝の診察で忙しそうな医師や看護士たちが行き来している廊下を進んだ。

タリム医学校の外来受付は朝から人でごった返しており、待合席には松葉杖を持つ人やごほんごほんと咳をする子供もいる。
そんな中、受付カウンターのすぐ近くに目的の人物を見つけ、アルヴィンは足早に向かった。

 「じーさん、急ぎってどうしたよ」
 「あぁ、おはようございますアルヴィンさん」

こちらへ、と歩きはじめるローエンの後を追うようにして、人影の少ないロビーの隅へと移動する。
ローエンは小さく息をついたあと、本題に移った。

 「ひとまずジュードさんの自宅前で襲撃をしてきた者からはおよその話を聞きだしています」

彼らは異界炉計画を進めるために、リーゼ・マクシアとの馴れ合いになりかねず、そして新エネルギーの定着によって
異界炉計画の必要性が失われる危険性があることから源霊匣研究の妨害工作を行ってきていた。
しかしラフォート研究所の警備が重厚になっている状況もあり、しばらくは身を潜めるつもりだったようだ。

ところが、業を煮やしたスヴェント家の依頼人からアルヴィンの殺害を急かされ、
早々に対応が行えないのであれば受け入れに応じかねるとまで言われたのだという。

 「んで依頼者に急かされるまま慌てて動いたものの、事を急いたせいで失敗したわけだ」
 「はい、ジュードさんの自宅前での件も、遠距離からの狙撃が主で、交戦した彼らは気配を紛らわせることが目的だったようです」

なるほどそういうことか、と思う一方で尚のこと自分が標的となっていたにも拘らず、
結果的にジュードが負傷することとなってしまった現実に辟易する。

 「昨日の襲撃が失敗となり、残りの人員が今日にも一斉に動くだろうということです、つまり・・・・・・」
 「つまり、今日俺やばいってことだよな」
 「えぇまぁ・・・・・・やばいというよりも、超やばい、といったほうが正しいかもしれませんが」

如何せん、規模が把握しきれてはおらず、アルクノアはもともと自然と人の中に溶け込んで活動してきていたこともあり、
先手を打って彼らを特定するということはなかなか難しい。
そして彼らとしてももう手段を選んでいる場合ではないだろうと考えれば、
いかなる方法でもアルヴィンを殺しに来るだろうことは安易に想像がつく。

 「んで、急ぎってのはここから逃げろってことじゃないんだろ」
 「半々といったところでしょうか・・・・・・この状況を利用して、彼らをあぶり出だしたいと軍では考えています」
 「つまり囮になれってか?」

申し訳なさそうな顔で、ローエンが小さく頷いた。
あまりいい作戦だと思っていないのだろうと察しはつくが、現状手っ取り早い手段はそれなのだろうとアルヴィン自身も思う。
そもそも自分が狙われていることで、これ以上周囲に迷惑をかけ続けるわけにはいかない。

 「勝算はあるんだよな」
 「イル・ファン内部と、エレンピオスへの定期船乗り場までの道はすべて軍で厳戒態勢をとっています」
 「退路は断って、あとは俺がうまく囮になってイル・ファン内で逃げ回ってりゃいいってわけだ」

スヴェント家は名家中の名家、最悪リーゼ・マクシアで捕まったとしてもエレンピオスの異界省を介しての圧力により
開放されることも望めないこともないとなれば、捕まることを覚悟のうえで襲撃してくるだろう。
それはつまり、このままこのタリム医学校の敷地内に留まってしまうと、それこそ被害が拡大化する危険性を内包している。

 「・・・・・・頼めますか」
 「いいぜ、俺としてもさっさと解決したい問題だしな」
 「ありがとうございます」

最低限の荷物は常時携帯しているため、このまま出ることも問題はない。
念のため受付でローエンと少し外出するという伝言を残し、アルヴィンはローエンと共にタリム医学校を後にした。


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ようやく話も佳境。