儉imonium sinuatum - phase 19 -


タリム医学校から外へと出ると、空は薄暗く間もなく雨が降り出しそうな状況だ。
ローエンの話ではすでに警備兵はイル・ファン内にもちらばっており、準備は万端だという。
彼とはここから別行動だ、今もすでに狙われかねない状況のため、アルヴィンは早速と単独行動に移った。

さすがにこちらまで武器を持って交戦状態となってはアルヴィンまで捕まりかねない。
それでは今回のあぶり出しが中途半端なかたちで終わってしまうため、それは避ける必要がある。
つまり、今回は武器を使っての反撃はせずに、とにかく逃げ回りつつ、警備兵に不審者を捕まえさせなければならない。

 「早速おでましか」

気を張り巡らせれば、早々にそれらしい気配を感じ取った。
強烈なまでの強い視線が自分へと向けられており、間もなくしてその視線の主が動く。

海停の人影はまばらながらも、イル・ファンへの観光客らしき集団や交易商たちの姿がそれなりにある。
その人の間を縫うようにして迫った気配に、アルヴィンは咄嗟に後ろやや斜め方向へと一歩退いて体を捻り、
ぶつかる直前だったその気配の主を難なく避けた。

 「おーい、そこの警備兵さんよーこいつ武器振り回してんだけど」

改めて接近してきていた男を見遣れば半ば袖に隠すようにして短刀が忍ばされており、
近場にいる警備兵へと声を上げれば、警備兵のほうもそして男のほうもはっとした様子で気配を揺らす。
男が体勢を整え直して再びその短刀を持つ右手を突き出してきたが、その勢いを往なすようにして、その右腕を掴んで引き倒した。

 「ぐあっ・・・・・・くそっ」
 「おたく、鍛錬足りてねぇんじゃねーの」

体が宙で一回転して、男は背中を強く地面にうちつけた。
周囲の観光客らしき人間が僅かに悲鳴をあげてはいるが、混乱が広がらないように警備兵が対応している。
こちらへ近寄ってきた警備兵にあとはよろしく、と告げて男の手を離した折、別の気配が動いた。
はっとして一歩分後方へ飛び退けば、先ほど立っていた位置に銃弾が勢いよく飛び込んでくる。

 「ったく容赦ねぇなホント」

アルヴィンはそのまま身を翻して再びタリム医学校方面へと駆け出した。
後方では離せと声をあげる男と、取り押さえる警備兵とのやり取りが響いている。
走っている間も遠距離からの銃撃が続いており、それをどうにか回避しながら走り続けた。

タリム医学校前でひと騒動起こすとさすがにジュードたちにも気づかれかねない。
できるだけこの状況を彼らには気づいてもらいたくないため、
アルヴィンはそこから真っ直ぐに中央広場方面へと抜けた。

 「・・・・・・・・・っと」

さすがは中央広場、人の数が多いのと同時に無数の殺気があちらこちらに散らばっている。
ひとまず立ち止まるのは危険だ、周囲の気配を窺いながらアルヴィンはなるべ人と接触しないように足を進めた。
感じ取った殺気も人の波に程よく呑まれながら少しずつ距離をつめてくる。

間合いを計りつつ、ラフォート研究所方面へ抜けようとしたところで一気に距離が詰められた。
どうにか殺気を押し殺そうとしているような様子もあったが、こちらも警戒しているためだだもれ同然だ。
ここで接触すると周囲に多数いる一般人に流れ弾が当たる危険性もあるため、
歩調を緩めていた足を再び加速させて、ラフォート研究所方面から少し逸れた道へと駆け込む。

 「あーどうしたもんかね」

警備兵もあの数いれば、さすがにアルヴィンのことを認識している人間ばかりと思うほうが難しい。
仮に容姿などの情報をある程度伝えられていたとしてもある程度目立って動かなければ警備兵も気づかない可能性がある。
海停での一件がまさにそうだ、ともなるとある程度は追っ手と接触する必要があるが、場所を選ばなければならない。

 「うおっと、あっぶね」

道の陰になっている場所で気配が動き、こちらへとむけられた銃器からレーザーが発射され、飛び退いて回避する。
そんな状況にあって、以前シャン・ドゥの闘技場でミラが華麗にあの攻撃を避けていた様を思い出し、
あれは真似できないな、と思わずアルヴィンは苦笑した。

 「お、いいとこに」

進行方向から巡回の警備兵が向かってくる。
彼らの姿を目視したタイミングで再びレーザーが発射され、恐らくは警備兵の目にもそれが見えたはずだ。
その読みは正しかったようで、警備兵が武器を構えてこちらへと駆けてくる。

 「お前たち何をしている!」
 「こいつら捕まえといてくれ」

ローエンから聞いてるのだろうと言えば、相手の武器と状況を見て警備兵も理解したようだ。
そのまま警備兵たちとすれ違うようにしてアルヴィンは真っ直ぐに走り続ける。
ふと、近くの建物の上層階に気配を感じ、すぐさま道を曲がって遠くから聞こえた発砲音をかわした。



どれ位の時間イル・ファンで逃げ回っただろうか、曇っているせいで陽の高さから時間を計ることもできない。
すでに何度か警備兵に追っ手を押し付けて、それなりの人数は捕まっているはずだ。
しかし、いまだにあちこちから自分に向けられる殺気を感じ取っては襲撃され、きりがない。

 「ん、雨か・・・・・・」

ぽたりぽたり、と雫が頬に落ちてきてアルヴィンは空を見上げた。
薄暗かった空は一層にその色を濃くし、分厚い雲が覆っている。
雨足はまだそこまで強くはないが、如何せん視界が悪くなり物音も聞こえづらく、何より気配が霞むのが難点だ。

そんなことを考えているそばから、顔のすぐ横を通り抜けた銃弾が背にしていた街灯樹に命中する。
視界の悪さに関しては相手も同じとはいえ、今の銃撃には少し油断していた。
アルヴィンは舌打ちをひとつ、再び足を進める。

 「こいつは安請け合いしすぎたか」

次第に強くなってきた雨をコートが吸い、次第に重みが増していくとともに体温が奪われていく。
こんなコンディションで逃げ続けることにも限界がある。
再び遠方から薄っすらと発砲音が聞こえたがさすがにかわしきれず、右肩の辺りに被弾したせいで体がぐらりと傾いた。

 「・・・・・・ってぇな、くそっ」

歯を食いしばり、左手を右肩に添える。
当たったとはいえど関節がやられた様子はなく、痛みこそあるが右腕もまだ動かせそうではあった。
放った銃弾が当たったことに気づいたのか、遠くにあったその気配が距離を詰めてくる。
しかしタイミング悪く、近場に警備兵の姿や気配がない状況だ。

一旦撒くしかないか、と横道へと逸れる。
しかしその判断は間違いだったと、まもなくしてアルヴィンは後悔することとなった。
その道は細い路地で、ある程度進んだところで運悪く突き当たりとなっている。

 「あー・・・・・・まいったな」

雨が地面を打ちつける音に紛れるようにして、突き当たりの壁の向こう側から水の流れる音がする。
壁を登って通路下の水路を経由して逃げるという方法も考えたが、壁はアルヴィンの身長の3倍ほどはあるだろうか。
何より近くに踏み台になりそうなものも、はしごにできそうなものもない。
まだ先ほどの通りに出る余裕はあるか、と振り返ってみたものの、そこには既に数人の人影が集まっていた。


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逃走中inイル・ファン