儉imonium sinuatum - phase 20 -


地面に叩きつけられる雨雫が跳ねて視界が一層霞んで見える。
アルヴィンは突き当たった壁に背をつけるようにして、来た道を塞ぐ人影を見据えた。
手に小型の銃を持っている者、小脇に中型の重火器を抱えている者が10人ほどいる。
通路が細いため一斉に攻撃されることはないだろうとはいえ、こちらは袋のねずみ状態だ。

 「やっと追い詰めたぞ」

かちゃり、と音をたてて銃口の照準がアルヴィンに定められる。
いよいよどうしたものかと小さく息をついた。
武器を構える男達が、スヴェント家の家督の証をよこせと声をあげる。
いずれにしてもここで素直に渡そうが渡さなかろうが、命の保証はないだろう。

 「はいどうぞ、なんて渡すかってーの」

冗談ではない、とアルヴィンは肩を竦めて応じた。
今更スヴェント家に戻る気も、ましてや家督という立場に成り上がるつもりもない。
しかしこの銃とホルダーは、アルヴィンにしてみれば唯一といっていい親の形見も同然だ。
そう易々とくれてやる気など、毛頭ない。

集団の先頭にいる男が抱えている武器からレーザーを発した。
それはアルヴィンの左わき腹を掠めるようにして後方の壁を一部破壊する。
ちらりと一瞬その崩れた壁の先へと視線を向ければ、予想通りイル・ファンの橋道下に流れる水路が見えた。

 「おいおい、この壁の向こう側は水路だぜ?そっからさっきみたく攻撃して、俺が落下して回収できなくなっても知らねぇぞ」

そう言ってやると、先ほど攻撃を仕掛けてきた男を含め、彼らの気配に一瞬のためらいが生まれるのを感じ取る。
隙をつくなら今しかない、とアルヴィンは強く地面を踏み切り、彼らの方へと飛び込んだ。
顔へ打ち付けてくる雨雫に目を細めつつ、まずは先頭にいる男の頬を勢いよく殴りつける。

 「ぐあっ」

突然の反撃にはっとした追っ手たちが武器を構えたが、
既に乱闘状態になっている中でアルヴィンに照準を合わせるなどまず無理だ。

進路を塞いでいる別の男の足を蹴り払って転ばせ、その上を飛び越え、更に目の前に立っている男の頬を左手で殴る。
その勢いのままに体をひと回転させ、右手の甲ですぐ横にいる男のこめかみのあたりを強打した。
右肩を僅かながらも負傷している手前、少し痛みを感じたがどうにかやりすごせる程度だ。

 「手こずらせやがって・・・・・・っ」
 「そりゃ、こっちの台詞」

あとひとり、突破できればとりあえずこの袋小路から抜け出せるというところで、
丁度アルヴィンの死角に立っていた男の銃撃が、アルヴィンの左足を捉えた。
さすがに耐えられる痛みではなく、歯を食いしばってどうにかならないかと思ったが、
前のめりになった体はそのまま地面へと倒れこみ、あわてて両手をついてどうにか転倒を免れる。

体勢を崩したアルヴィンを押さえつけようと、動ける人間が一斉に飛び掛ってきた。
激痛の走る足に立ち上がることはかなわず、肩を掴まれて仰向けにされたところで強く顔を殴りつけられる。
どうにか腕を振り上げて、殴りかかってきた男の腹に強く拳を叩きいれ、動く右足で蹴り上げた。

 「くそっ」

舌打ちひとつ、何とか起き上がれないかと足に力を込めるが、相手を払いのけることで精一杯だ。
ふとしたタイミングで地面へとアルヴィンを押さえ込もうとする動きが途切れ、
顔をあげればこちらへと銃口を向ける男の姿が目に入り、アルヴィンは体を捻ってその弾撃を逃れる。

しかしこれではもう長くもたなさそうだ。
すっかりと水分を吸い込んだ髪が額に張り付いて邪魔になっているのを払いのける余裕もない。
これは腹を括るしかないのかと僅かに諦めの気持ちが過ぎった折、
強烈な閃光が仰向けに寝転がるアルヴィンの上を真っ直ぐと袋小路の方へと放たれていく様子が視界に飛び込んできた。

 「遅くなりました、無事ですか」

光の正体は精霊術、ディバインストリークだった。
術を受けた追っ手たちは袋小路の奥の方へと吹き飛ばされて、頭上から聞きなれた声が降ってくる。
雨粒が顔に叩きつけ、まともに目も開けられる状態ではなかったが、それがローエンのものだとはすぐに分かった。

 「無事っちゃ無事だけど、ちょい油断したわ」
 「申し訳ありません・・・・・・アルヴィンさんのことは常時追跡していたのですが、途中で妨害が入りまして」

地面から多数の足音が響いて聞こえてきたかと思えば、アルヴィンの横を警備兵たちが通過し、
袋小路の中に倒れている追っ手たちを捕らえている。
ローエンの手を借りてどうにか体を起こし、銃撃を受けた左足を庇うようにして右足で立ち上がった。



およその規模しか把握できていなかったとはいえ、アルヴィンによる陽動の最中にイル・ファン全域で
不審者の取り押さえに成功しており、作戦成功と言えるのと同時にこれで作戦終了として問題ないだろうとローエンは言う。
いずれにしても足を負傷している現状、これ以上の陽動は不可能だとアルヴィン自身感じていたため
作戦終了という言葉に安堵の息をついた。

妨害行為の影響でアルヴィンを見失い、その結果負傷させてしまったことに対して、
ローエンは心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にし、タリム医学校まで負傷したアルヴィンを支えながら歩く。
タリム医学校の外来受付まで戻り、治療の手配のために受付口へと向かうローエンを見送り、アルヴィンはソファへ腰かけた。

 「はぁ・・・・・・」

思わずと零れた溜め息は存外大きく、肩を落として少し俯いた格好となった。
頭からつま先までずぶ濡れ、右肩と左足からは流血していて、どうにも唇も切っているようで痛みを感じる。
そんなことをぼんやり考えていると目の前に暗がりが生まれて、ローエンが戻ってきたのかとアルヴィンは顔をあげた。

 「おいおい、動き回ってていいのかよ」

目の前に立っていたのはローエンではなく、入院用の部屋で安静にしているはずのジュードだった。
アルヴィンの様子を見て酷く驚いたような顔をして、彼はこちらを見下ろしている。
すっと伸ばされてきた彼の右手がアルヴィンの左頬を包み込むようにして触れ、ふわりと淡い光が生まれた。

 「やめとけ、まだ本調子じゃないだろ」

さすがに今のジュードに快気功を使わせるわけにもいかない、とアルヴィンはジュードの手を取って頬から引き離した。
顔を顰め、少し傷ついたような顔をするジュードに、アルヴィンは言葉を詰まらせる。
数秒の間をおいて、ジュードがアルヴィンの手を振り払い、アルヴィンの頭を抱え込むようにして抱きついてきた。

 「服、濡れちまうから離れろって」

ジュードの肩口に額が当たっている状態で、後ろに回されている腕を左手で引き剥がそうと試みたが、
彼は首を横に振り、ぎゅっと抱き込む腕に力を込めて離れようとはしなかった。

アルヴィンにしてみれば、ジュードの体温がとても温かくて心地よいが、彼の体温を奪いかねない。
ただでさえ銃撃による失血、そして声が出ないという状況の彼に、これ以上負担をかけるわけにもいかないというのに、
しかし彼はやはりその腕を解こうとはしなかった。

 「もう、ジュード!いきなり部屋から飛び出してくから吃驚したじゃない・・・・・・って、アルヴィンどうしたの」
 「ひどい怪我です・・・・・・」

ジュードに抱き込まれているせいで完全に視界を遮られているが、すぐ側までレイアとエリーゼがきているようだ。
状況から察するに、部屋の窓からアルヴィンが戻ってくる姿が見えて、ジュードがここまで急いで来た、といったところだろうか。
飛び出してきた、というのだから恐らくはローエンに支えられながら戻ってくる様が見えていたのかもしれない。

レイアとエリーゼが治癒の精霊術を使い、アルヴィンの傷口を塞ごうとしてくれている。
ジュードは抱きついたままだ。

 「悪ぃ、サンキュ」
 「アルヴィン、何があったんですか?服もびしょびしょでこんな怪我まで」

左足の止血をしてくれているエリーゼに問われてそれに答えようかと思った折、ローエンの声が耳に届いた。
それぞれ問いたいこと、思うところがあると察しながらも、まずは治療の手配を終えたから診察室へ、とローエンが言う。
そこでようやくジュードがアルヴィンから離れたが、彼は酷く悲しそうな顔をしていた。


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そろそろ終わりが近そうな感じです。