儉imonium sinuatum - phase 21 -


左足は治療後もまだ痛みが残り、担当医からは無闇に動き回ったりしないようにと釘を刺された。
実際のところ歩けなくはないが骨に響くような痛みがあり、釘を刺されずともそもそも歩き回る気が起きる状態ではない。
右肩のほうは今頃になって痛みが増してきたように感じるが、これは動くからといって無理をしたせいだろうか。
利き手側ではなかったことがせめてもの救いか、とアルヴィンは小さく息をついた。

アルヴィンの治療が終わった後は、ジュードが入院しているタリム医学校内の一室へと揃って引き上げた。
コートとスカーフ、ブーツを除けば湿っているもののどうにか着ていられる程度ではあるが、本音を言えば着替えたいとは思う。
しかし替えの服はジュードの家に置いてきてしまっているため、今はとりあえずコートとスカーフを外し、
靴は看護士用のサンダルを借りておくことにした。

 「それで、一体何があったの?」
 「事の経緯については私からお話します」

レイアの問いかけにローエンが応じるのを聞きながら、アルヴィンは部屋に備え付けのタオルをひとつ拝借し、
頭に被って左手だけでわさわさと髪を拭きながらソファへと腰かけた。

向いにエリーゼとレイア、隣にローエンまでは視界に入り、ジュードはどうしたのかと思ったところで
頭の上で動かしていた左手の手首に温かい感触が触れる。
何かと上を見上げれば、ソファの背越しに物言いたげな顔をしたジュードが立っていた。

 「ん、どうしたよ」

ぽい、と握られた手を放られて行き場を失ったアルヴィンの左手をよそに、
見上げるアルヴィンの頭をジュードの両手がやんわりと掴み、その顔を前方へと向けた。
アルヴィンの肩に落ちて引っかかっていたタオルが上からぱさりと被せられる。

 「うお」

わさわさ、と手早くタオルごしにジュードの手が動いていた。
片手で適当に拭いている姿に見かねたのだろうか、優しい手つきでジュードが丁寧に髪を拭いてくれている。
タオルが目の辺りまでかかっているのと、少し頭を前に倒しているせいで見えるのは自分の膝ぐらいだ。

 「あー悪い、助かるわ」

宙に放られたままだった左手をとすん、と膝に落としてアルヴィンは礼を述べる。
ぽんぽん、とアルヴィンの頭を撫でるようにジュードの手が動いて、再びその手が髪を拭き始めた。
大人しく拭かれているうち、隣ではローエンがアルヴィンを呼び出した理由とその後何があったのかを説明し始めている。

疲労のせいもあるのだろうが、こうしてジュードに髪を拭かれている感触は酷く眠気を誘う。
ローエンの説明にところどころ相槌やら状況の説明やらを補足するようにして会話に混じってはいたが、
まもなくしてぷつり、と意識が途切れた。



途切れた意識が戻ってきたとき、アルヴィンは薄暗い部屋の天上を見上げる格好となっていた。
感覚的には皆で話をしていた次の瞬間だったが、部屋は静まり明かりも落ちている。
ソファに仰向けで横になり、ブランケットがかけられた状態だ。

 「・・・・・・あっれ」

顔を洗うように左手を動かして目を擦り、よろりと上体を起こして深く長く息をついた。
置時計を見遣れば時間はまだ夕方ぐらいだが、もともとの天候の悪さも相まって、時間のわりに部屋が暗い。
いまいちすっきりと目が覚めず、そのままソファの背に頭を傾けて小さく唸ると部屋の中にある気配が動いた。

 「ん・・・・・・あぁ、ジュード」

視線をベッドの方へと投げると、アルヴィンと同じように上体を起こしているジュードの姿が視界に入る。
ジュードもこちらを見ていたようで、ベッドから降りるとアルヴィンのもとへと歩み寄ってきた。
テーブルに置かれていた紙と万年筆を手にとり、さらさらとジュードが文字を書き綴る。

 『ドロッセルから連絡があってね、学校が明日にも再開するみたいで、エリーゼはカラハ・シャールに戻ったよ』
 「まじかよ、見送りぐらいできりゃよかったんだけどな・・・・・・」

シルフモドキがその知らせを届けた折、一応アルヴィンのことは起こそうとしてくれていたらしいが、
相当眠りが深かったようで、アルヴィンは目を覚まさなかったらしい。
エリーゼには申し訳ないことをしてしまった、とアルヴィンは前に垂れて鬱陶しい前髪を掻き揚げつつ溜め息を零した。

 『レイアもエリーゼを送るついでに、そのままル・ロンドに戻るって。ローエンは今頃まだオルダ宮かな』
 「ジュードの声が戻るまではてっきり残ると思ってたのに意外だな」

レイアも帰ったというのには少し驚いたが、ひと段落ついたとはいえこんな状況だ、
エリーゼをひとりで帰らせるわけにもいかないという理由もあったのだろうとはいえ、少し不思議だった。
ジュードが筆談で言うには、予定よりも長くル・ロンドを離れていたため、そろそろ戻らないと親が心配するかららしいが、
以前の旅で密航までしてついてきた彼女のことを思い出せば何ともしっくりとこないが、とはいえ他に理由も見当たらない。

 『多分、気を遣わせちゃったんだと思う』

腑に落ちない、と思っていることが伝わったのか、ジュードが苦笑しながらメモ書きをこちらへ向ける。
しかし気を遣わせた、と言われても察しはつかなかったため、アルヴィンは僅かに首を傾げて視線で問いかけた。
ジュードは言葉を選んでいるのか、何度か手を止めながらも万年筆を滑らせる。

 『ローエンから事情聞いたあと、アルヴィンとふたりにしてって言ったから』

現状の手段として最善であったことも、想定外のできごとによる怪我だったことも理解はしていながら、
それでもアルヴィンばかりが無理をすることになり、大怪我をしたことについて少し苛立っていたのだとジュードは語る。
彼にしては少し珍しいようにも思えたが、頭で理解しつつも心では納得がいかないという状況だったのだろうか。

 『でも、アルヴィンもアルヴィンだよ、ひとりで無茶してこんなに怪我して』
 「あー・・・・・・心配かけちまったのは分かってるし、悪かったと思ってる」

すっかりと肩を落としているジュードは、怒っているというよりもどちらかといえば悲しそうな顔をしている。
とはいえ、アルヴィンとしても今回の件はスヴェント家とアルクノアが関わっており、
これ以上ジュードたちをこの件に巻き込まないためにも早々に手を打つ必要があった。
そこは譲れない部分で、悪いとは思っていながらもあれが最善策だったとアルヴィンは思っている。

 「ごめんな」

そう、曖昧に笑って発すれば、ジュードの眉間に深い皺が寄せられて彼は唇を噛み締めた。
一歩、二歩、と、アルヴィンの足の方に立っていたジュードが起こしている上体の方へと歩みより、彼の両手で伸びてくる。
両腕が肩の上を通過してアルヴィンの頭を抱え込み、タリム医学校のロビーでのと同じような体勢となった。

アルヴィンは左手をジュードの背へとまわして、その小さな背をゆっくりとした動きで撫でる。
とくり、とくりと聞こえてくる心拍音と伝わってくる体温が心地よく、自然と安堵の息が零れていった。


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