兮fter Limonium sinuatum - 2 -


朝食で使った食器を片付け終わり、そろそろ洗濯をしてしまおうかとジュードは台所を出た。
ここ数日ごたごたとしていたこともあり、それなりに洗濯物が溜まってしまっている。
ついでにアルヴィンにも洗濯物はないかと尋ねようとその姿を探してリビングを見回すと、ソファに腰かける背中が見えた。

その背中に歩み寄るとかりかり、とペンの走る音が聞こえてくる。
ソファの背に手をついて、アルヴィンの左肩越しにその手元を覗き込むと手紙を書いているようだ。

 「・・・・・・ん?」

ジュードが近づいてきていることに気づいたようで、アルヴィンが肩越しに振り返りながら見上げてくる。
ポケットに仕舞いこんでいたメモと万年筆を取り出して伝えたい事を手早く書き記した。
アルヴィンは体を少し捻って、ソファの背に肘を置いてこちらの様子を窺っているようだ。

 『手紙書いてたのにごめんね、洗濯物とかあったら一緒に洗っちゃうけどどうする?』
 「・・・・・・」

手に持っているメモをアルヴィンへと向けると、その内容を読んだ彼が黙り込んだ。
どうかしたのだろうかと首を傾げてその様子を窺う。
何か変なことでも書いただろうかと、改めてそのメモを自分に向けてみるが別段おかしなことはないはずだ。

 「いや、ジュードくんはいいお嫁さんになりそうだなーって思っただけ」

一瞬何を言われたのかよく分からなかったせいで、変な間ができた。
その言葉が意味するところを理解したところで、顔がかあっと熱くなるのを感じる。
洗濯物に関しては別段他意もなく自然な流れのはずだったが、随分と生活感溢れた会話になってしまった。
改めてそんなことを言われては反応に困る。

 『ちょっと、変な言い方しないでよ』
 「はは、悪ぃ悪ぃ」

こうもからかわれてばかりいるのも何だか少しだけ悔しい。
何か言葉を返そうと万年筆を走らせるが、余計な事を書いてしまいそうだとペンを止めた。
メモをちぎって丸めようとしたところにふっと視界の外から手が差し込まれ、その手が紙を奪い取る。
はっとして顔をあげれば、悪巧みが成功したと言わんばかりににやりと笑うアルヴィンが紙を手にこちらを見ていた。

 「えーっと何々?・・・・・・僕がお嫁さんなら誰が・・・・・・」

やはりただの墓穴だったと思いながらジュードはその紙を叩き落すようにして奪い返し、
アルヴィンの左腕を少し強く1回だけ叩いた。
自然と膨らむ頬に、アルヴィンは相変わらずとにやにやと笑っている。

 「んだよ照れんなって、俺がちゃんと貰ってやるから」
 『もういいから洗濯物あるならだしてよ』

速筆で書き記した言葉を見せれば、アルヴィンは手に持っていた羽ペンをペン立てに戻し、
ソファから立ち上がって上かぐりぐりと押し付けるような格好でジュードの頭を撫でてきた。
今持ってくる、と言い残してアルヴィンの手が頭から離れて、彼は寝室の方へと歩いていく。
そんな彼の後姿を少し見送りながら、ジュードは大きく溜め息をついた。



洗い終わった洗濯物を干してジュードがリビングに戻ると出窓が開いていた。
アルヴィンがシルフモドキに手紙を託して、そのまま開けていたのだろうかとソファへと視線を向ける。
ちらりと見えたテーブルの上で羽ペンはペン立てに収まっており、アルヴィンは深くソファに腰かけていた。

窓から吹き込んでくる心地よい風を感じながらソファへと近づいて、少し俯き気味のアルヴィンの顔を覗き込む。
その目蓋は閉じられており、聞こえてくるのは規則正しい寝息だった。
まだ疲労が残っているのも当然だろう、寝室からブランケットを持ってきて膝にかけてあげよう、とジュードは寝室に向かう。

ブランケットと一緒に読みかけだった研究書を1冊持ってリビングへと戻り、
アルヴィンの膝へとそっとブランケットをかけた後、その隣にそっと腰かけた。
ソファが少し沈んだせいかアルヴィンの体が少し傾いて、ことん、とジュードの右肩にアルヴィンの頭が寄りかかってくる。

 「・・・・・・」

おやすみアルヴィン、と心の中で語りかけながら、ジュードはその温もりに小さく笑みを浮かべた。
今この時間は慌しい毎日からこの部屋だけ、このソファだけがまるで隔離されてしまっているかのようにすら感じる。
そんなことを考えながら、ジュードは膝の上で研究書を広げた。



どれぐらいの時間そうしていたのか分からないほど、その研究書を読むことにジュードは集中していた。
隣の気配が動いたところで研究書から視線を持ち上げて隣を見遣る。
ぼんやりとした視線が宙を彷徨ったあと、のろのろとこちらに向けられた。

 「・・・・・・俺、寝てたのか」

右手を持ち上げて、肩に乗せられているアルヴィンの顔へと触れる。
その頬は寝起き独特のほかほかとした体温だ。
そういえば彼が今回イル・ファンに訪れて、ラフォート研究所まで来てくれたときも転寝をしていたと思い出す。
何だかその時のデジャヴのようで、ジュードは小さく笑った。

 『コーヒーでも飲む?』
 「いやー・・・・・・まだ眠いし、もうひと眠りするかな」

欠伸をかみ殺しながら、アルヴィンが凭れ掛かっていた体を少し起こした。
寝室に行って眠るつもりなのだろうかと思うやいなや、
ジュードの手からひょい、とメモと万年筆を取ってアルヴィンがテーブルにそれらを置いた。
更にはジュードの膝の上に広げられていた研究書も、開いた状態のままテーブルへと移動させられ、ジュードは首を傾げる。

 「ジュードくんもお昼寝しようぜ」

まだ昼食はとってないのにお昼寝はおかしいと言葉を返したいところだったが、如何せん手元にメモ帳と万年筆がない。
そうこうしているうち、アルヴィンに押し倒される格好となって、なだれ込むように2人でソファへと横たわった。
2人で寝るならそれこそ寝室に行って眠ればいいんじゃないのかと思ったが、
圧し掛かってジュードの右肩のあたりに頬を寄せているアルヴィンは既に目蓋を閉じて寝息を立ている。

 「・・・・・・」

本当に仕方ないな、とジュードは苦笑しながらずり落ちているブランケットへと左手を伸ばした。
精一杯腕を伸ばして何度か掠めて取れなかったが、何度目かでようやくその指の先にブランケットを捉える。
それを持ち上げ、自分の腰に腕をまわして眠り込んでいるアルヴィンの上にかけた。
アルヴィンの体温が心地よいせいか、何だか自分まで眠くなってしまう。

どうにも身動きも取れそうになく、疲労が残っていないわけではないこともあり、ここは大人しく眠るかとジュードは息をついた。
こんなにもゆっくりとした時間を過ごすのはどれ位ぶりだっただろうかと思い返してみたが、ここ最近ではなかった気がする。
やらなければならないことは山ほどあるが、少しぐらいはこうした時間をもつことも悪くはないだろうと
ジュードはアルヴィンの髪を梳きながらゆっくりと目蓋を閉じた。


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良妻ジュードくんが加速して止まない。