兮fter Limonium sinuatum - 3 -

心地よい気温とその体温にすっかりと眠り込んでしまい、気づけば太陽が傾いてきていた。
ぼんやりとした視界の中で時計を探し、改めてその時間を確認すれば夕暮れ時とまではいかないにせよ、
随分と長いこと眠りっていたようだった。

このまま眠っていては夜に眠れなくなってしまう。
同じく眠り込んでいたアルヴィンを文字通り叩き起こし、ジュードは洗濯物を取り込みに向かった。
さすがは晴天、干していたものはどれも乾いており、それらを抱え込んで室内へと戻る。

 「手伝うぜ」

ひょい、と伸びてきた手がジュードの抱えていた洗濯物の大半を取り上げた。
一瞬何事かと思ったが状況を把握し、ジュードは隣にいるアルヴィンへとにこりと微笑みかける。
どこへ持っていけばいいかとアルヴィンに尋ねられて、ソファを指差した。

2人で並んで座って取り込んだ洗濯物をたたむ。
これが終わったら夕食の準備をはじめないと、とこれからの段取りを考えた。
今日の夕食はマーボーカレーにしようと決めたところで、肩にとすんと重みが降ってくる。
慣れたその感覚は、アルヴィンに肩を抱かれたときのそれだ。

 「ジュードくん、新妻さんみたいじゃないの」

にやにや、と笑いながら顔を覗きこまれて、洗濯物を膝の上でたたんでいたジュードの手が止まった。
あまりに唐突な言葉に、思わず目を見開いて呆然とアルヴィンの顔を見つめる。
突然なにを言い出すんだと言葉を返したいところだがそうもいかず、
頬が火照ってしまっているのを感じながらもアルヴィンの頬をやんわりと叩いた。

その右手首をとられ、ジュードの瞬きの間に近づいたらしいアルヴィンの顔が、
目蓋を持ち上げると目前に迫っている。
唇に触れる体温はアルヴィンのそれとすぐわかり、ジュードは再び目蓋を閉じた。
浅く座っていた背中がソファの背へと倒れ込み、何度も角度を変えて触れてくる。

 「ジュード」

ようやく唇を開放されたところで吐息が零れた。
向かい合うようにして抱き込まれ、耳元で名前を呼ばれて熱の篭もった息が耳を掠める。
これはアルヴィンのスイッチが入ってしまったな、と他人事のようにジュードは考えた。

しかしそんなことを考えている余裕も、耳に触れた熱の感触に掻き消される。
小さな水音が直接流れ込んでくるような感覚の後、少しざらりとしたそれが耳の形をなぞった。
その感触に、ジュードは背筋にぞくりと感じる。

執拗なほどにジュードの耳の形を撫でるその熱が離れる頃には、体からすっかりと力が抜けて
乱れた呼吸は浅く速く繰り返される状況だ。

 「ごちそうさま」

こつり、と額を付き合わせる格好でアルヴィンが自身の唇を舐める。
そしてジュードの鼻に掠めるような口付けをしたところで、アルヴィンの顔が離れて右手が離された。
停止していたジュードの思考回路がようやく動き始め、アルヴィンの胸の辺りを強く叩く。
耳を手で押さえながら、相変わらずにやりと笑うアルヴィンをじとりと見遣った。



明日は午前中にタリム医学校へ診察のために出かける必要がある。
夕食が終わり、湯を浴びた後には早々にベッドへと向かうことにした。
日中かなり眠っていたはずだが、いざこの時間になると眠気を感じるほどに、体は睡眠を欲しているらしい。

 「眠そうだな」

口に手をあてて欠伸をしながらソファから立ち上がると、
同じくソファから立ち上がったアルヴィンに頭をぽんぽんと撫でられた。
その問いかけに頷いて応じると柔らかな笑みがこちらを見下ろしてくる。

 「戸締りは俺がやっとくから、先ベッドで横になっとけ」

一応自分の家である手前、戸締りを任せるのは申し訳ないとジュードは思ったが、
これだけ眠気に襲われている状態で戸締りを行うのはいささか不安ではある。
ここはアルヴィンの言葉に甘えて先に寝室へ向かおうと、ジュードは頷いて応じた。

思っている以上に疲れが残っているのだなと思いながら、ふらふらとした足取りで寝室へ向かう。
ベッドへと倒れこむと、洗い立てのシーツの香りが鼻腔を擽った。
シーツの上でうつ伏せているだけでも眠い。

 「おいおい、ちゃんとシーツ被れよ」

途切れかけた意識がアルヴィンの声に引き戻され、重たい目蓋をどうにか持ち上げる。
それでも既に眠りの体勢に入ってしまっている体は思うように動かなかった。
それでもアルヴィンの気配が近づいてくるのは分かる。

 「おーい、優等生」

少し呆れ気味の声色で声をかけられたような気はするが、やはり眠気には勝てない。
明かりがついたままの寝室で、少しだけ顔のあたりに陰が落ちた。
自分を見下ろしているのだろうアルヴィンの手が、髪を梳くようにしてジュードの頭を撫でる。

 「しょうがねぇな」

溜め息に少し笑い声を交えたようなアルヴィンの声がそう言うが早いか、
うつ伏せていた体が仰向けにひっくり返されて、ふわりと体が宙に浮くような感覚がした。
寝ぼけた思考回路ながら、アルヴィンに抱き上げられたのだろうと何となしに察する。

すっと降下してベッドに体が沈んだ。
辛うじてあけていた目蓋もそろそろ持ち上げていることが難しくなってくる。
布の掠れる音のあと、自分の上にシーツが被さって僅かに温かさを感じ取った。

 「明かり落とすぞ」

アルヴィンの声を遠く聞いているうち、寝室が暗闇に包まれた。
寝室の扉が閉まる音の後、アルヴィンがベッドへと向かってくる。
すぐ横まできたところで温かくて大きなアルヴィンの手が頬に触れた。
そのぬくもりが心地よくて頬擦りするようにして顔を動かす。

まもなくしてアルヴィンが隣に体を横たえた。
その腕に体を引き寄せられて抱きかかえられると、ジュードも両腕を動かしてアルヴィンの背にまわす。

あとどれ位の間、こうしてアルヴィンと過ごすことができるのだろうか。
この心地よさの中にほんの少しの寂しさを覚えながら、ジュードは意識を手放した。


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いちゃつき回でした・・・・・・あれ、前回もか。