兮fter Limonium sinuatum - 6 -

中央広場まで足を向けると、タリム医学校へ向かった時間帯と比べると人がかなり増えていた。
ラフォート研究所での爆破事件以降、イル・ファンでは街並みの人影が目に見えて減っていたものの、
ようやくもとの姿を取り戻したようにも思える。

 「んじゃ、ジュードくんはベンチキープよろしく」

左上から降ってきた声に顔をあげると、アルヴィンの左手が中央広場に置かれているベンチを指差している。
適当に何か買ってくると言って彼は指差していた手を軽く振り、露店へと足を向けていった。
この混雑ではベンチを確保するのも大切ではあるものの、何だか自分ばかり楽をしているようで
少し申し訳ない気持ちになりつつも、ジュードは指し示されていた空いているベンチへと向かう。

 「・・・・・・はぁ」

ベンチに腰かけたところでおもむろに溜め息が零れた。
周囲は喧騒に満ち、アルヴィンとも距離が離れているため、この声も聞こえはしないだろう。
しかしいずれは真実を伝え、この生活の幕を引かなければならない。
傷が完治した彼をいつまでもここに引き止めておくことが良いことではないことぐらい、ジュードにも分かっている。

ベンチからアルヴィンの方へと目を向けると、露店も混んでいるようで彼は列に並んでいたようだ。
あと数人で彼の番が巡ってきそうな頃合、中央広場の人並みに異色な一団が姿を現す。
人々のざわめきの中、規則正しく歩く足音が響き、ジュードはその音の方へと視線を戻した。

 「ん?」

ジュードの視界に映ったのは警備兵の一団と、彼らに連れられた数人の人影だった。
その集団は混雑した人ごみの向こう側を歩いているため、目立つ警備兵の姿以外には特徴的なものが見受けられない。
遠目ながらも、その一団を眺めていると、彼らはどうやらタリム医学校方面に向かっているようだ。

タリム医学校方面に抜けていく直前、規則正しく進んでいた一団の動きが乱れたように見えた。
どうかしたのだろうかと少し首を傾げつつジュードが眺めていると、
人並みの合間、警備兵の一団に連れられた人影の顔が見える。

 「あれは・・・・・・」

ジュードが捉えたのは知っている顔だ。
つい先日、ジュードの住まいの前で交戦した男達だ。
そういえばローエンの話では、近いうちにエレンピオスの異界省へ彼らを引き渡すという話だった。
恐らくはそれが今日になったのだろう、というところまでは早速理解する。

動きが乱れた一団はタリム医学校方面に抜ける道の手前で立ち往生しており、
警備兵たちは対応に困窮しているように見える。
そして、一団から連行されていた男の1人が警備兵の武器を奪い取り、人並みの中へと飛び出した。
進行方向には、ようやくと順番がまわってきたのか、露店の店員と話しているアルヴィンの姿がある。

 「・・・・・・っ、アルヴィン後ろ!」

ベンチから立ちあがって無我夢中に発した声に、ジュード自身目を見開いて口を手で覆った。
どうやらジュードの声が届いたようで、店員とやり取りをしていたアルヴィンが
驚いた様子でジュードを一瞥したあとに背後へと振り返る。

男が振り上げた棍を勢いよくアルヴィンの立つ位置へと振り下ろすが、
接近に気づけたお陰でその一撃をアルヴィンが横に飛び退いて回避した。
周囲からどよめきや小さな悲鳴が聞こえてくる。

 「ジュード!そっちいったぞ!」

アルヴィンの声にはっとして、思わず発してしまった声に呆然としていた意識が戻ってくる。
此方の方へと逃げ出した男との距離が縮まったところで身を低く構え、男の足を蹴り払った。
うまいこと男の足を捉え、思い切り前方へと男が倒れこむ。
後を追ってきた警備兵が男を押さえ込み、ジュードは屈みこんでいた体を起こした。

 「申し訳ありません、ご協力感謝します」
 「あ、いえ」

心底心苦しそうな声色で警備兵が謝罪の言葉をかけてくる。
少しの間を置いてからすぐ隣までアルヴィンが駆け寄ってきた。
それに気づいたのか、押さえつけられている男が心底恨めしそうな目で見上げてくる。

 「おたくも諦め悪いな、あんまり人様に迷惑かけんなよ」
 「元はといえばお前が・・・・・・っ」
 「冗談、おたくらの依頼主が原因だろ」

げんなりした様子でアルヴィンが言い放つと、男は唇を噛み締めた。
警備兵たちに引き摺りあげられるようにして男は立ち上がり、
タリム医学校方面に抜ける道の手前で停留している一団の方へと連行されていく。
こちらへと一礼した後、警備兵たちもその場を後にした。

 「ったく、油断も隙もあったもんじゃねぇな・・・・・・ってか、声でるようになったのな」
 「うん・・・・・・」

よかったな、と頭をがしがしと撫でてくるアルヴィンに苦笑気味に応じる。
本当は今になって出るようになったわけでもないが、あえてそれを口にするのも憚られた。
ぽんぽん、とアルヴィンの手がジュードの頭を撫でた後離れていく。

 「また雨降りそうだし、昼飯は戻ってからにするかね」

改めてアルヴィンを見遣れば露店で買ったらしい紙袋を抱えていた。
店員と話している様子は見えていたが、どうやら攻撃を仕掛けられる前に買い物は終わっていたようだ。
アルヴィンの言葉に空を見上げると、薄く曇っていた空がその色を濃くし、前日の雨空を彷彿とさせる。

 「そうだね」
 「んー・・・・・・まだ声がらがらだな」

徐に伸ばされたアルヴィンの左手がジュードの喉元に触れ、
そのあと猫にするかのようにこしょりと顎を撫でられてその手が離れる。
くすぐったさに少し肩を竦ませ、ジュードははたと気づいた。

 「アルヴィン、ここ家じゃないんだから」
 「ん、じゃー家でならいくらでもやっていいってこったな」
 「えっ?・・・・・・もう、何言ってるの」

恥ずかしさのあまりアルヴィンの左腕をはたき、その腕を掴んでジュードは自宅へと向かって歩き始めた。


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そろそろ終わりも近いです。