兮fter Limonium sinuatum - 7 -

いよいよ雨が降り出しそうな悪天候の空のもと、ジュードとアルヴィンは2人並んでゆっくりと歩いている。
久し振りの声と声での会話だったが、ジュードはあまりにあっけない幕引きに頭の中が真っ白で、
アルヴィンの言葉を話半分に聞きながら相槌を打つだけだった。

もとより長々と隠せることでもなく、隠し事をしたくもなかった。
そしてあの時声をあげなければ、アルヴィンは致命傷を負っていたかもしれない。
そうやって自分自身の説得を試みてみるものの、うまくはいかなかった。
頭では分かっているのに心が追いついてこない、まさに今の状況だ。

 「もしもーし、ジュードくん聞いてんの」
 「うん」
 「・・・・・・じゃあ俺が今何て言ったか復唱どーぞ」

その切り替えしには困ったな、とジュードは隣を歩く大人気ない大人を見上げて言葉を詰まらせる。
そらみたことか、とでも言いたげなアルヴィンの視線は別段責めるようなそれではなかったものの、
ジュードは居た堪れなさを感じずにはいられなかった。

 「随分と考えこんでどうしたよ」

頭の上に降りてきた軽い衝撃がわしゃりとジュードの髪を撫で、
ひとしきり撫でられ終わった後には髪が少し乱れてしまい、ジュードは苦笑しながら手で梳いてもとに戻す。
ちゃんと話を、本当は少し前から声が出るようになっていたことや、
今思っていることをアルヴィンに話すべきだとジュードは思いながら、
隠していたことへの罪悪感や、その事実を聞いて呆れられてしまうのではないかとその口を噤んでしまった。

 「ううん、大したことじゃないから」

ごめんね、とジュードが謝れば、何とも言い難そうな表情でアルヴィンはこちらを見ている。
何とも言えない居心地の悪さを感じて、ジュードはアルヴィンから視線を逸らして前方へと向けた。



部屋についてからも何とも言えないもんやりとした気分ながら、それでもひとまず昼食にしよう、と
ジュードとアルヴィンはテーブルへと足を向けた。
結局のところアルヴィンは昼食として何を買ったのかと、彼がテーブルに置いた袋をジュードが覗き込む。

 「お昼、何買ったの?」
 「サンドウィッチ、つっても結構豪華なやつな」

ジュードが袋の中からサンドウィッチを取り出そうと手を伸ばせば、袋ががさり、と音をたてる。
中から取り出せば木製のバスケットが姿を見せた。
その入れ物からしても、アルヴィンの言うところの"豪華なやつ"なのだろうとは何となく察しがつく。

 「何か立派なバスケットだね」

袋から取り出したバスケットをテーブルに置いて、留め金をぱちりと外して蓋を持ち上げれば、
中にはひとつひとつは少し小さめながらも、様々な具のサンドウィッチが彩りも鮮やかにぎっしりと詰まっている。
うわぁ、と思わずジュードが感嘆の声を零せば、美味そうだろ、とアルヴィンが笑った。

 「・・・・・・あっ、紅茶淹れるからちょっとまってて」

ジュードはバスケットを覗き込んでいた体を起こして台所へと向かった。
お湯を沸かし始めてから、ティーカップとソーサー、ティーポットを棚から取り出し、
同じく棚に入っている茶葉の入った小さな缶へと手を伸ばしたところで
背後に迫った人の気配がふいに後ろからジュードを抱きすくめる。

 「どうしたの、アルヴィン」
 「なぁジュードくん」

うん?、と肩越しに顔だけ振り返りながら、ジュードはアルヴィンの様子を窺った。
見上げて交わった視線、薄っすらと笑みを浮かべながらも、
アルヴィンのその瞳はジュードを真っ直ぐと見つめている。

 「何か話したいこと、あるんじゃねーの?」

すべてを見透かしているようなアルヴィンの視線とその言葉を間近に受けて、ジュードは硬直した。
視線を逸らしたいのに逸らすことすらできず、何か言葉を返さなければと思いながらも
何と応じたらいいのか、と僅かに開いた口はただ呼吸を繰り返す。

どのぐらいの時間が過ぎたのか、湯の沸いた音が耳に届いてジュードは硬直が解けた。
火を止めなければとそちらへと手を伸ばすと、いち早く動いたらしいアルヴィンの右手が火を止める。
行き場を失ったジュードの右手は、火を止めたアルヴィンの手に握られた。

 「・・・・・・」

言わなければならないと思っていた手前、その機会を得たと思えばいいのかもしれない。
そう思いながらも、ジュードの唇は思うように言葉を発しようと動いてはくれなかった。
火を止めようとした折、顔を前へと向けたため今はアルヴィンと視線を交えてはいないものの、
居た堪れなさが緩和したかといえばまったくそんなことはない。

 「・・・・・・本当は」

俯き気味にようやく搾り出した声はひどくか細いものだった。
その一言を吐き出しただけで、無意識に肩に篭もっていた力が抜け、すとんと肩が落ちる。
ん、と小さく相槌を打つ声は左の耳元から発せられた。

 「本当は、ね・・・・・・ちょっと前から声、出るようになってて」

一言、言葉を発しただけで、思いのほか続く言葉がするりと出てきた。
しかし更に続ける言葉は思うようには出てこない。

 「・・・・・・」

アルヴィンもアルヴィンで、何故声が出るようになっていたことを言わなかったのか、と
ジュードを問いただすようなことはなく、ただ黙したまま話の続きを待っているようだった。
きっと呆れられてしまうだろう、零れた溜め息のあと、ジュードはゆっくりと言葉を吐き出す。

 「僕の声が出るようになったら、この生活も終わりなのかなって、だから・・・・・・」

だから黙っていた、と最後まで言葉にはできなかったものの、
ここまで言えば言いたいことはきっと伝わっているだろう。
それでもアルヴィンは相変わらず黙ったままで、ジュードの告白に驚いた様子も特になかった。
人の機微に敏感な彼のことだ、薄々この事実すらもしかしたら気づいていたのかもしれない。

 「ごめんね、アルヴィンのこといつまでも引き止めるなんて迷惑だと思うし、
  僕も早く源霊匣研究再開しないとなのに・・・・・・分かってる、はずなんだけど・・・・・・」

ふいに、ジュードを抱え込んでいたアルヴィンの左腕が解かれ、右手を握るアルヴィンの右手が離れる。
やはり呆れられてしまっただろうか、と落胆したのはほんの一瞬のこと、
ジュードの肩にアルヴィンの手が置かれて体の向きをぐるりとまわされて、アルヴィンと向かい合う格好となった。

上体を屈めたアルヴィンが、俯いたままのジュードの顔を覗き込む。
その表情は怒っているわけでも、呆れているわけでもなく、眉尻を下げて少し困ったような顔をしていた。


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ご無沙汰更新、あと1〜3話ぐらいで終わります