updated 2017-08-26

聖書とキリスト教と音楽について、感じたことをそのままに

たなふのページ

Ars longa, vita brevis

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和解のために奉仕する

エゼキエル36:25〜27、2コリント5:14〜20、ルカ15:11〜24

 私たちは、この礼拝の最初で、私たちの罪をはっきりと自覚し、その罪がつくり出してきた「隔ての壁」を目の当たりにしました。
 私たちは、「恐れ」を押し隠すために「高慢」な態度を取り、その結果、「交わり」を失ってしまっています。自分の属する「交わり」の中にいない人に対しては「不寛容」で、「不当な告発」をし、「差別」することすら厭いません。「愛」することを拒み、「憎しみと軽蔑」の気持ちを抱くことで「戦争」で相手を倒すことすら、神の御心であるかのように自分に言い聞かせることすらしてしまいます。そして、「分裂」は、決定的になる、いや、なってしまっているのです。ここに築かれた「隔ての壁」は、私たちがどのような者であるかを私たちに示しています。福音書朗読で聴いた「放蕩息子」のように、心からの悔い改めによって神のもとに立ち帰り、生き方を変えていただくしかない。気づくのが遅かったとしても、立ち帰る者を受け入れてくださる神に信頼して。
 しかし、私は、ここで、自分の罪の手強さに気づかされます。私たちが「放蕩息子」のように、立ち帰ることを待っている神の所に帰ったとしても、それで、私たちの持っている問題がなくなるわけではありません。「区別」したいという気持ちは、私の中から、そう簡単に消えてなくなってくれる訳ではないからです。
 先日、「分かる」という言葉が「分ける」という言葉と深い関係を持っているという説明を聞きました。確かに、物事を「分けて」整理し、その関係を把握することが「分かる」ことだと言われるとそうだと納得します。私は聖書学という、神学の分野の中でも、信仰から最も遠い研究をしていますが、その研究は「批評」と呼ばれます。「批評」“criticism”の元になったギリシャ語は「クリノー」という言葉ですが、これも「分ける」というのが元来の意味です。渾然とした状態にあるものを、分けて整理し、そして、分けたものに名前をつけて行くこと、それこそ、「分かる」ということなのです。
 「分ける」ということが、私たちの心の動きにとってどれほど根本的なものか。私が私を理解し、また言葉に表すのですら、「分ける」という作業なしにはできません。私たちがどのような言葉を用いようと、そこには「〜ではない」という、隠された、意識されていないことも多い含意が存在しています。「私は大阪市内の下町の生まれ育ちです」という、何気ない自己紹介の文でさえ、その中には、いくつもの「〜ではない」が含まれています。
 そして、すべての言葉にはある種の含意が含まれていて、好むと好まざるとに関わらず、また、それが信実であるか否かにかかわらず、その含意も伝わることになります。「大阪市内の下町の生まれ育ち」という自己紹介は、ある人々には「怖い」という印象と共に受け止められますし、時には、こちらもそれを多分に意識して使うこともあります。「先生は、上品ですよね」という、聞いたところはお世辞の、よい表現も、裏には、「大阪の下町の生まれ育ちなのに」という含意のある(それも無意識で)場合すらあるのです。
 この「分ける」心の動きの中で、もっともよく働き、手強いのが「我々」と「彼ら」を分けるものでしょう。今日は朗読されませんでしたが、「放蕩息子のたとえ」には、帰ってきた兄が、宴会の様子を聞いて不満を露わにする様子が記されています。「兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』 」(29〜30節)。「私」と「彼」と、単数にはなっていますが、ここにも「区別」が働いていることに気づかされます。
 一昨日、20日、実際に「壁を作る」と発言することで心の中の「隔ての壁」を露わにし、さらには、その壁を高く、厚くした人が、世界で最も豊かで、影響力の大きい国の指導者になりました。「我々」の税金を使って「彼ら」を厚遇し、生活を保護してやったおかげで、「我々」は貧しくなった。「我々」は「忘れ去られた」ままだ。こういう心の中の不満を言葉にして表現し、不満を持つ人たちの共感を得たのです。「自国第1」というのも、「我々」と「彼ら」を分けて考える発想です。この「自国第1」も受けいれられることでしょう。
 そして、この「我々」と「彼ら」の区別が私たちの身近にもあって、ヘイトスピーチやヘイトクライムを引き起こしていることは、悲しいことですが、現実です。そして、私たち一人ひとりの中にも、この区別は存在しているのです。「存在している」というより、そのようにしてしか、私たちは物事を「分かる」ことはできないのです。
 このような私たちは、どうすれば「和解のために奉仕する任務」を遂行することができるでしょうか。罪から「清められ」、「新しい心」「新しい霊」を与えられ、「神の霊」、聖霊の力をいただいて、「神の掟」「神の裁き」に従って生きるしかない。エゼキエルの言うとおりです。
 しかし、私は聖書の言葉を聞いて、それを繰り返しただけで、答えになったとは、どうしても思えません。牧師が、それも、牧師を養成する学校で教える者が何を言うかとご批判を受けるかもしれませんが、それを承知の上で言うならば、私が本当に悔い改めること、そして、聖霊の力に生かされることは、簡単なことではないのです。一旦悔い改めて、神の恵みに生き始めても、私たち、自分の「分かる」ことに基づいて生きていきます。そうするしかないからです。
 遠藤周作の章節『沈黙』が映画化されて上映が始まりました。この章節のテーマは、「神はなぜ沈黙しておられるのか」というものですが、私たちの実感では、神は常に「沈黙」しておられます。私はこれを意味あるものと考えています。神の「沈黙」によって、私たちが自分で、神を信じて生きるためです。神のもとに立ち帰り、ゆるされて、新たな心と霊を与えられて生きるということは、自分で生きていくことに他なりません。私たちは、やっぱり、自分で「分け」「分かり」、自分で決め、自分で生きていくしかない。
 しかも、パウロが言うように、私たちは「和解のために奉仕する任務を」授けられています。このように、「分ける」こと、「区別」することでしか、自分たちの周りのことを分かることができない私たちが、どうして、和解や一致を語り、また、作り出すことができるのでしょうか。
 私は、「できない」という認識、自覚をもつことが出発点になると思います。しかし、任務は「授けられている」。ルターが言うように、「義とされた罪人」、「義」と認めていただいた、しかし「罪人」であることは何も変わっていないということを肝に銘じることが、出発点になると思っています。
 私たちキリスト教徒は、「すでに」と「いまだ」の間を生きるものです。神の救いは、イエス・キリストの教え、働きと、死と復活によって、「すでに」実現されています。しかし、神の救いは、「いまだ」完全に実現されたわけではありません。「すでに」と「いまだ」の中間で、私の言い方ですが、その2つに「引き裂かれて」生きるそれが、キリスト者としての生き方だと思うのです。
 同じように、自分には、自分たちには、その任務は実行「授けられている」と「できない」との間に生きる、その両者に引き裂かれながら生きることしか、私たちにはできません。そして、それだけが、「和解のために奉仕する」任務の出発点になるのです。私は、この後に行われる、隔ての壁を十字架に並べ直すという、和解のわざととりなしの祈りは、この「引き裂かれた」姿を真摯に見つけ、そこから始めようとするものであると感じました。
 しかも、この任務は、キリスト教会内部に留まる訳ではありません。教会の和解と一致は、それ自体が目的ではないし、そうあってはならないと思うのです。先程も申しましたように、私たちの生きる社会は、「我々」と「彼ら」の区別によって、ますます不寛容になり、分裂し、憎しみと軽蔑を募らせています。私たちの「和解のためのために奉仕する任務」は、この世界に向けてのものでもあるのです。
 教会の和解と一致は、私たちの住む、この社会に和解をもたらし、平和を実現するという頂上を目指すための、いわば、ベースキャンプのようなものです。そして、その道の出発点は、神との和解にあることは言うまでもありません。
 「できない」私たちに、神は、「和解のために奉仕する任務」を授けられました。尊い任務と私たちの現実に引き裂かれながら、そのままで、義とされた罪人として歩んでいきましょう。

闇の中、光を見る

「まぶねのかたえに」(『讃美歌21』256)に基づくメディテーション

 
1 わたしはここに、あなたのまぶねの傍らに立っています、
  イエスよ、わたしのいのちよ。
  わたしは携えてきました、あなたに捧げます、
  あなたがわたしにくださったものを。
  受け取ってください、わたしの霊も思いも、
  心も魂も言葉も、受け取ってください、すべて。
    あなたのものとなるように。
 
2 いまだわたしの生まれないときに
  あなたはわたしのためにお生まれになった。
  わたしをあなたのものとしてくださった。
  わたしがあなたを知る前に、わたしを知ってくださった。
  わたしがあなたの手を取る前に、
  あなたはすでにあなたのものと考えてくださった、
    あなたはわたしを求めてくださった。
 
3 わたしは深い深い死の闇の中に伏しています。
  あなたはわたしの太陽。
  この太陽はわたしもたらしてくださった、
  光といのち、喜びと健康を。
  この太陽は、本当の信仰の光を
  わたしのうちに整えてくださった。
    あなたの輝きはなんと美しいことでしょう。
 
4 ひとつのことを、わたしは願う。
  わが救いよ、わたしの願いを拒まないでください。
  わたしがあなたを常に身につけることができますように、
  わたしのうちに、わたしと共に、わたしの傍に。
  わたしをあなたのまぶねとしてください。
  さあ、おいでください、わたしのうちにおやすみください、
    あなたご自身もあらゆる喜びと共に。
 
 私たちはこの礼拝で、「まぶねのかたえに」という賛美歌が歌われるのを聴き、その歌詞を味わって来ました。
 この賛美歌は、「わたしは今、あなたのまぶねの傍らに立っています」と歌い始めていました。
 お気づきになりましたでしょうか。このうたは、イエス・キリストの誕生を、ずっと昔に起こった出来事とは考えていません。そこに、詩人自身もいて、クリスマス物語に登場する羊飼いや占星術の学者たちのように、生まれたばかりのキリストを見るためにやって来たのです。この詩は17世紀にドイツで書かれたものですが、詩人の想像力は、イエス・キリストが生まれた場面に居合わせているかのような言葉で歌います。この時代には、イタリアで始まった、ベツレヘムの馬小屋を表した情景を教会に飾る習慣がドイツにも伝えられていましたから、その情景のそばに実際に立っていたのかもしれません。そして、その歌は、私たちをもイエス・キリストが生まれた場面に連れて行ってくれます。
 もう一つ、この詩でわたしたちの目を引くのは、まぶねに眠っているイエス・キリストに向かって「あなた」と呼びかけていることです。「わたしは今、あなたのまぶねの傍らに立っています」「わたしは持って来て、捧げます、あなたがわたしに与えてくださったものを」と始まって、これ以降、ずっと「わたし」と「あなた」という言葉が歌われます。時間や場所といった物理的な隔たりを超えているだけではありません。詩人は、この幼子との間に人間どうしの関係があると歌っているのです。
 「わたしが生まれる前に、あなたはわたしのために生まれて、わたしをあなたのものとしてくださった。」これが、詩人とイエス・キリストの間に、「わたし」と「あなた」という親しい関係が生まれた理由だというのです。
 今生きている者同士がお互いのために生きるということはあることですし、事実、わたしたちのいのちは、誰かがわたしたちの「ために」生きていることではじめて成り立つものなのです。では、「わたしが生まれる前に」生きていた誰かが、「わたしのために」生きていたということはあり得ることでしょうか。
 クリスマスは、小さな子どもと家族が主人公となるお祭りです。わたしたちには親があります。わたしがここにいるのも、親があって、わたしのために生きていたからです。わたしが生まれる前に、親は、わたしのために生きていたのです。親の親もまた、そのようにして、子どもが生まれる前に、子どものために生きていました。
 わたしたちのいのちは、現在は様々な人に支えられて可能となり、過去からのいのちを受け継いで生きていけるものです。そして、わたしたち自身も、たとえ意識していなくても、誰かのいのちを支えていますし、このいのちを引き継いでいきます。いのちは、「ネットワーク」だと言うことができます。イエス・キリストの誕生、そしてその後に続く生涯、生き方は、いのちが「ネットワーク」なのだということをわたしたちに教え、またイエス自身もその教えどおりに生きた。だから、詩人とイエス・キリストの間に親しさが生まれるのです。
 
 この賛美歌を書いた詩人、パウル・ゲルハルト(1607-1676)の前半生は、30年戦争(1618-1648)の時代でした。ドイツの人口が半分以下になったと言われるほど、悲惨な戦いでした。最初は、キリスト教のプロテスタント諸侯がカトリック皇帝に対して反乱を起こしたことから始まりました。しかし、段々とヨーロッパの諸国が戦争に加わり、宗教的な争いよりも、ヨーロッパにおける本当の覇者をめぐる争いになりました。ドイツの人びとは、そのような権力争いに翻弄され、苦しい中で生きることを余儀なくされ、ある人びとは殺されていったのです。
 ゲルハルトは、その中にあって、自分も苦しい生活を送り、現に苦しんでいる人たちのために、また、30年戦争の後の荒廃から立ち上がろうとする人のために賛美歌の詞を書きました。現在も、ゲルハルトの賛美歌は、ドイツで親しまれ、歌われています。
 この賛美歌の中で、イエス・キリストは「光と命」をもたらす「太陽」と呼ばれています。「義の太陽」という表現は、聖書にも書かれています。キリストを信じる者が最初から使ってきた「たとえ」です。
 この詞が発表されたのは1653年ですから、30年戦争を終結させたウェストファリア条約の締結から、わずか5年後です。
 想像するに、ゲルハルトは、30年戦争によって荒廃し、疲弊した自分たちの社会に新たな光や命をもたらしてくれるのは、新たに生まれてくる子どもたちだということを、クリスマスの季節に実感したのではないかと思うのです。それを、幼子イエス・キリストの姿に重ねあわせた。
 いつでも、新たな希望は、幼子、生まれたばかりの子どもから始まります。他の人の世話してもらわなければ、守ってもらわなければ生きていけない無力な子どもは、だからこそ、周囲の人を変えます。それは、愛や優しさという、見返りを期待しないもの、一方的に与えるしかないものを与えずにはいられなくすることによります。こうして、周囲の人は変えられます。イエスはその教えによって世界を変えましたが、新たに生まれてくる子どもは、すべて、生まれてくることによって世界を変えるのです。
 しかし、かつて子どもであった私たちは、どれほど、素晴らしい、このような子どもの持つ力を認めているでしょうか。どれほど子どもたちを大切にしているでしょうか。私たちの社会を見わたせば、確かに、この世界には「深い死の闇」があります。
 この秋、世界中を駆け巡ったのは、死んで浜辺に打ち上げられているシリア難民の子どもの映像でした。これによって、私たちは、たくさんの人びとが国を離れて難民となり、国の中でも難民とならざるを得ない状況を知ることになりました。「無力な者の死」は、私たちに新たなことを気づかせたのです。
 私たちの住んでいるこの社会を見ても、子どもの貧困率は、2011年時点で15.7%、OECD(経済協力開発機構)加盟34カ国中11番目の高さでした。その割合は高くなりつつあります。さらに、新聞報道では、ひとり親世帯では貧困家庭は半数になるという統計が明らかにされています。
 こんな状況を変えてほしいと、だれもが思います。だれか、強力にこの世の中を変えてほしいと願っています。そのときに注目されるのは、時に敵をはっきりと名指したり、みんなが受けいれやすい目標を掲げたりする言葉です。それを実行することによって世界が変えられることを、私たちは期待します。
 しかし、往々にしてそのような「強い」言葉は、強い者、力ある者をよしとし、そうなることを求めるか、そうできない者には、強い者、力ある者に従うことを求めるかです。このような心のあり方が「闇」といわれているように感じます。
 本当に根底から世界を変えるのは、生まれたばかりの子どものように力ない者です。子どもたちのように力ない者たちが、心配なく、十分な生活ができるように世界を変えて、あたたかく優しいネットワークを作ることこそ、だれにとっても住みやすい世界を造ることでしょう。
 ゲルハルトは、小さな、無力な幼子の「光と命」が自分の心の中に留まり続けるようにと歌っていました。そのようなかすかな、しかし、はっきりとした希望を大切にすることが、本当に生きる喜びとなり、生きていく力を与えてくるからです。
 クリスマスの季節、私たちは、ひとりの男の子の誕生を祝います。クリスマスお祝いしている私たちは、すべての子どもの命を尊ぶよう、呼びかけられています。小さな者、無力な者が安心して生きることができるネットワークを作るよう、呼びかけられています。私たち、かつて、この世に生まれることで世界を変えた者たちは、ふたたび世界を変えるように呼びかけられているのです。

ついて行くために

ヨハネ18:15〜18、25〜27;ヨハネ21:15〜19

第1部

 ペトロは呆然としていた。何がなにやら分からなくなっていた。結局自分はイエスを裏切ったのかどうかも分からなかった。ただ一つ確かなことは、「ついて行くこと」はできなかったということだけだ。
 ペトロは暗い気持ちで思い出していた。「ついて来ることはできない」と言われて、ムキになって返事した。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」嘘ではなかった。本心だった。ついて来ることはできないと言われて、本当に悔しかった。どうしてそんな風に言われるのか分からなかった。
 ペトロは思った、私はずっとついて来たのだ。最初に呼ばれたときも、すぐに父親と船を放り出してついて来た。たくさんの弟子が離れていったときも、自分は疑わずついて行った。それなのについて来ることはできないなんて。そんなことがあるものか。どんなことになろうとも、たとえ他の弟子たちが離れていこうとも、私は、このペトロだけはついて行くのだ。
 そう思ったからこそ、危険を承知で、大祭司の屋敷の中庭にまでついて行ったのだった。「ついて来ることはできない」だって? 現にこうしてついて来ているではないか、ペトロは中庭の門をくぐりながら思った。とその時、門番をしていた女が尋ねた、「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか」「違うよ。」軽く答えた。そのときは何とも思わなかった。
 中庭で火にあたりながら立っていたときは、どうしたらもっと近くに行けるか、そればかりを考えていた。だから、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言われたのも、よく聞こえなかった。とりあえず「いいや」と言った。
 「私はお前が、あの男と一緒にいるところを見た」と言われたとき、ペトロは不安になった。どうしてみんな、私が「あの男の弟子」だということにこだわるのだろう。知ってどうするというのだろう。あの人の話を聞こうとでもいうのだろうか。そうだとしても、今は困る。こんなところまで来たのは、こいつらの好奇心を満足させるためではない。ついて行くためだ。ここは、知らぬふりを決め込んでおこう。そう思ってペトロは「違う」と言った。するとすぐに鶏が鳴いた。
 「えっ?」とペトロは思った。「3度わたしを知らないと言うだろう」というのはこのことだったのか? そんな馬鹿な。私はついて行くために、「ついて来ることはできない」ことなんかないことを証明するために、ここまでやって来たのに。ついて行けなくなってしまわないように、一生懸命だったのに。それに私は一度も「知らない」とは言っていない! 私は間違っていたのか? だとしたら、どこで間違ったのか? それとも私は正しかったのか? 訳が分からなくなった。ふと気がつくと、周りに誰もいなくなっていた。一緒に火にあたっていた連中はどこに行ったのだろう。火も消えかかっている。屋敷は静まり返っていた。みんなどうしたのだろう。イエスは? ああ、ついて行けなかった。命まで捨てると豪語したのに。
 弟子仲間はどう思うだろう。女たちは? 「やっぱり」と思うだろうか。調子のいいことを言っても、ペトロはいつも失敗するじゃないかと思っているのだろうか。
 その日ペトロは一歩も部屋から出なかった。昼だというのに真っ暗になったのにも、地震があったのにも、彼は気づかずにいた。ただ、夕べ、ついて行けなかったことだけを、くよくよと考えていた。

第2部

 ペトロはまた混乱していた。今朝、イエスはペトロに話しかけた。「この人たち以上にわたしを愛しているか。」みんなの前で何と言うことを聞くのだろうと、ペトロは思った。「この人たち以上に」なんて、一緒にいる仲間は何と思うだろう。勇んで「はい」と答えたら、「そうら、ペトロのお調子者がまた言っている」と思われるだろう。ついていけなかった、あの夜の一件を、みんなは忘れていないはずだ。でも、「いいえ」と答えるのはしゃくに障る。事実、今でも一番弟子の気構えだけは持っているつもりだ。「はい」でも「いいえ」でもない返事はどうすればいいのだろう。こんなのはイエスの方が得意なはずだ。あの「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」の答えは見事だった。そうだ、こう答えておこう「主よ、あなたがご存じです」なかなかの返事だ。でも、次のイエスの言葉にまた戸惑った、「わたしの小羊を飼いなさい。」
 えっ? 私たちの羊飼いはイエス自身のはず。確か、昔の説教でそう言っていた。私がイエスの代わりをするのか? そんなはずはないだろう。私はついて行くことさえできなかったのに。今日のイエスは、何を言おうとしているのだろう。
 ペトロが戸惑っているとイエスが再びたずねた、「わたしを愛しているか。」「主よ、あなたがご存じです」「わたしの羊の世話をしなさい」同じことの繰り返しだ、とペトロは思った。どうして2度も尋ねる必要があるのだろう。私の言葉は信用できないというのだろうか。
 ペトロが悩んでいると、イエスは3度目も尋ねてきた。ああ、ついて行けなかったから、信用されていないんだ、ペトロは思った。ひょっとして、「知らない」と3回も言ったから、「愛している」も3回言わないといけないのか。これはイエスの冗談なのだろうか。だとしたら、私の気持ちを知らなさすぎる! ペトロは、もう少しでイエスに不満をぶつけるところだった。
 イエスはペトロの不満を感じたのか、言葉を継いで言った。「年をとると、行きたくないところへ連れて行かれる」でも、「わたしについて来なさい。」
 ペトロは思った、これまで(1回の失敗をのぞいて)イエスについて来たのは、それが、自分にとって都合が良かったからではなかったか。格好が良かったり、他人と違う自分を見せたりできたからだ。自分の行きたいところとイエスの行くところが同じだったから、ついて来たのだ。あの夜でさえ、私は、自分がイエスについて行って命を捨てることを潔いと考えたから、ついて行ったのではなかったか。
 でも、行きたくないところへ連れて行かれることが、イエスについて行くことだとしたら? だとしたら、私はこれまでイエスについて来たのではなかったことになる。私は私について来た、自分の願望について来たのだ。あの夜、自分がついて行けなかったのは、ついて行くことのできる自分を追い求めていたからだ。ペトロは、胸のつかえが下りるような感じがした。
 「これからはわたしについて来なさい。」ぼんやりしていたペトロにイエスは言った。ペトロは「はい」も「いいえ」も言う必要を感じなかった。

いのちの神秘

「球根の中には」(『讃美歌21』575)に基づくメディテーション

 
 イースターおめでとうございます。イースターは、十字架の上で死んだイエス・キリストが、3日目に「復活した」ことをお祝いする日です。聖書には、イエス・キリストが復活したと書かれてあります。今ご一緒に聞きましたマタイによる福音書28章でも、復活したイエスが女たちに出会ったと書かれてありました。
 しかし、21世紀に生きる私たちは「科学的」なものの考え方に慣れていますから、一度死んだ人が生き返るということは無理だという知識を持っています。キリスト教を批判する人たちの中には、「『復活』というような非科学的なことを信じているキリスト教は間違っている」と言う人たちもあります。
 ここにいらっしゃるキリスト教徒の皆さんなら、こう言われたときに、どんなふうに返答なさいますか。別の言葉で言えば、「復活を信じる」とはどういうことなのか、どのように説明なさるでしょうか。
 これまで、たくさんの人が、イエスの復活について説明してきました。でも、その中で、「これが正解だ」といって納得できる答えに出会ったような気がしません。もちろん、どの答えも「復活とは何なのか」という問いかけに、真剣に取り組んだ結果考え出されてきたものであることは、疑いようがありません。それでもなお、そういう、他の人が考えてくれた「模範解答」には納得できない部分があります。
 ところが、復活に関する信仰が詩として書かれ、復活の意味がメロディーに乗せて歌われるとき、思いもよらなかった説得力を持って、「いのちの尊さ、いのちの神秘」を聞く者、歌う者に訴えかけてきます。これこそ、キリスト教が歌い始めた理由ですし、歌い続けている理由だと思います。
 復活の「意味」について、「いのちの神秘」を歌う賛美歌として、『讃美歌21』に収められて、いまではよく知られるようになったものに、「球根の中には」(575番)があります。今日は、この賛美歌を手がかりに、「復活」について、また、私たちの「いのちの意味」について、ご一緒に考えてみたいと思います。
 この賛美歌は、こう歌いだします。
 
球根の中には花が秘められ、
さなぎの中からいのち羽ばたく。
寒い冬の中、春は目覚める。
その日、その時を、ただ神が知る。
 
 1節が歌うのは、「球根」や「さなぎ」、「冬」といった、一見いのちがあるようには思えないものの中に、新たないのちが隠されていて、時がくればそのいのちが現れてくるという「不思議」です。私たちは「科学的」な教育を受けていますから、球根から花が、さなぎから蝶が生まれでてくることを「不思議」とは思わなくなっています。しかし、いかにそれが、自然界の法則として「当然」のことであっても、中には芽を出さない球根や蝶にならないさなぎがあることを思えば、決して「当たり前」ではなく、やはり神秘であると思うのです。
 同じように、生きているもののいのちは、どれも「当たり前」なものはない。私が今日、生きていて、ここにこうして皆さんと一緒に集い、イースターをお祝いしていることは、奇跡という以外、言いようのない不思議なことなのだと思います。すべていのちあるものが、それぞれに持っている不思議さに気がついたとき、私たちが生きているというこの「当たり前」のことは、全く違った意味を持つようになります。
 2節を見てみましょう。
 
沈黙はやがて、歌に変えられ、
深い闇の中、夜明け近づく。
過ぎ去った時が未来を開く。
その日、その時を、ただ神が知る。
 
 「明けない夜はない」「止まない雨はない」とよく言われますが、それが言われるとき、私たちはたいてい、つらいときにあり、「早く夜が明けてほしい」「早く雨がやんでほしい」という気持ちを表しているように思います。その気持ちは切実で、私もよく、「ノアの時でさえ、雨は止んだし、洪水も治まった」と言うことがあります。
 しかし、この詩が歌うのは、もっと積極的な意味のように思います。その前向きな気持ちの根拠には、イエス・キリストの死と復活があると思います。
 イエスは、十字架にかかって死なれました。しかし、イエスが教え、また身を以て実行したことは、決して死ぬことはなかったのです。最初にも申し上げたように、「復活」は信仰の神髄に関わることなので、正直言うと、これだという説明には出会うことは難しいものです。しかし、確かなことが1つだけあります。
 弟子たちは、イエスの死後も、イエスの教えを大切にし、イエスに出会って自分たちの生き方が変わったことを伝え続けました。イエスの十字架によって消え去ってしまうかに思われたその教えは、生き続け、そして、今も私たちを生かしています。それは、イエスが生涯をかけて教え、ご自分もその生き方で証しされた教えが「本物」であったことの証拠です。今日、私たちがここに集まって礼拝していることが、イエスの教えが「真実」なものであることを証明しているのです。
 このように、イエスの教えが真実で不滅のものである、時代や地域を越えてすべての人に当てはまる、普遍的なものであると確信すること、それを、「復活を信じる」という言葉で表現しているのだ、これは、もちろん、私なりの説明です。、イエスが「復活した」かどうかという「出来事」が問題なのではなく、イエスの「復活」を信じることで、私たちが自分の人生にどんな意味を見いだせるかということの方が、遙かに大切なことなのです。
 イエスの逮捕から死まで、恐怖に駆られ、沈黙していた弟子たちが、イエスを述べ伝えるようになった。同じように、私たちの沈黙も歌に変えられるときが必ずやってくるのです。
 3節を読んでみましょう。
 
いのちのおわりは、いのちのはじめ。
恐れは信仰に、死は復活に
ついに変えられる永遠の朝。
その日、その時を、ただ神が知る。
 
 イエスの死が「おわり」でなく、弟子たちにとってはあたらしい「はじめ」となったように、すべての死は始まりです。私が死んだときに、それは私にとっては「おわり」かもしれませんが、私に関わる人々にとっては、始まりを意味します。イエスのいないところで、それでも弟子たちは、イエスをのべ伝えました。本当に逆説的ですが、イエスが取り去られることで、弟子たちには新しい人生が開かれたのです。
 ここに、いのちの「不思議さ」「神秘」のもう一つの面があります。
 私たちは、私たちのいのちがどんな結果を生み出すか、どんな影響をもたらし、どんなふうに生き続けるか知ることはできないのです。
 現代社会は、ますます、成果や結果を求めるようになっています。しかも、短期間に、すぐに答えが出ることを求めます。そんな社会の中に生きている私たちは、知らず知らずのうちに、成果を上げること、すぐに結果が出ることを、よいこと、意味のあることと考えるようになっています。
 イエスの最後は仲間からも裏切られた、十字架での死でしたが、それでも、その教えは生き続けています。イエスの教えが真実である証拠です。裏切った仲間たちも、その後はイエスの生涯を伝える人になりました。たとえ、結果が出なくても、成果が上がらなくても、私たちの人生の意味は、けっしてなくなったり、減ったりしないのだということを、また、失敗しても挫折しても、やり直しがきくのだということを、イエスの生涯や弟子たちの歩みは示し続けています。そして、この単純で明快な、人生に関する「真実」は変わることがありません。人生にはいつでも、新しい始まりが用意されているということです。「いつでも始まりが用意されている」ということを、キリスト教は「復活」というメッセージに託して伝えてきたのだと思います。
 「球根の中には」を歌うとき、私たちは、「いのちの神秘」を実感することができます。また、いつでも、新しい始まりが用意されていることを味わうことができます。イースターを心からお祝いするために、そして、私たちのいのちの素晴らしさを確かめ合うために、ご一緒に「球根の中には」を歌いましょう。

十字架の道行

マルコ15:1〜15

 
 イエスよ、あなたがこの地上に生きられた時代から変わることなく、私たちは憎しみの中に生きています。
 あなたの十字架を取り巻いていたのは紛れもなく憎しみでした。誰もが、憎しみを抱いていました。ユダヤ人はローマ人を、ローマ人はユダヤ人を、祭司長・律法学者たちは群衆を、群衆は指導者たちを、そして皆は、この厄介な騒動の元となったあなたを憎んでいました。
 一番手っとり早い方法は、様々な憎しみの元となったものを取り除くことだとだれもが考えたのでしょう。つまり、あなたを亡き者にすることです。でも、憎しみの元を取り除いただけでは憎しみそのものはなくならないということには、それに関わった誰にも分かっていなかったのです。それはまた、私たちが今も使おうとする、「解決法」なのです。
 あなたの十字架から二千年という時間が流れました。しかし、私たちは、あなたを取り巻いていた憎しみから、その憎しみを抱いていた人々から、どれほど「成長」したのでしょう。今、民族や国が、そして、宗教までが人々を対立させ、互いに憎しみ合うように仕向けています。憎しみは人々の心に忍び込み、当たり前のこと、持つべきものとすら考えられています。そこでは、何かを愛することが、それに反するものを憎むことだと、あまりにも簡単に考えられています。つまり、神を愛するとは、神の敵を憎むことだというのです。 しかし、憎しみは私たちの外に原因があるのではないのです。あなたの苦しみの物語は、そのことを示しています。あなたを葬り去った後も、人々の心から憎しみがなくなったわけではありません。次の憎しみの的、憎しみの「元」と思えるものを探して、同じことを繰り返しているのです。
 憎しみは、その種は私たちの心の中にあるのです。何かしら「憎むべきもの」を見つけ出して、私たちは心の平衡を保っているのです。
 その憎しみのただ中にあって、あなたは不思議な沈黙を守っておられました。ピラトの前に引き出された時から、あなたは何もおっしゃいませんでした。あなたが口を開けば、彼らが新たな憎しみの種を見つけるだけだということを知っておられたのでしょうか。それとも、沈黙でもっと別のことを示そうとされたのでしょうか。
 あなたの心のうちは測り知ることができません。しかし、こんな風に考えるのは失礼かも知れませんが、私にはこう思えます。あなたも憎しみから全く自由ではなかった。それでも、それに動かされて行動したり、その憎しみを口走ったりされなかった。そこが私たちとは決定的に違う点だったのではないでしょうか。そのためには、沈黙を守り、十字架に付けられるしか方法はなかったのだと、私は妙に納得してしまいます。
 あなたが十字架に付けられた物語を聞いて願います。主よ、どうか私が憎しみに衝き動かされて言葉を発したり、行動したりすることのありませんように。他の人の憎しみに曝されても、憎しみでこれに対抗することのありませんように。他の人の憎しみを煽ることのありませんように。そしてできることならば、憎しみのあるところに愛をもたらす者となることのできますように。

ゲツセマネ

マルコ14:32〜42

 
 イエスよ、あなたは私にとって驚きです。あなたはあのような時でも祈っておられました。
 先ほどまで一緒に食事をしていた仲間の、それも財布を預かるほど信頼されていた仲間の一人は、あなたを売るために出かけて行きました。あなたに最も近しかった仲間は、あなたの悶え苦しむような気持ちをしらずに眠りこけている。あなたを殺そうと狙っている者たちは着実に計画を現実のものにし、観客は面白いことが起きるを楽しみにしている。全くの孤独と絶望のなかにおられた。それなのに、あなたは祈られた。
 孤独と絶望の時にこそ祈らなければならない。私はそう教えられ、そう思っていました。しかし、私にはできませんでした。私が深い孤独を、どうしようもない絶望を感じた時、私は祈るということを考えることすらしませんでした。私の孤独や絶望は、あなたのものに比べると、物の数には入らないかもしれません。それでもできなかったのです。
 祈ることができない、そんな時が来ることを考えて、私の本棚には祈りの本が、他の人が祈った言葉の載っている本が入れてありました。しかし、その本のことを思い出すこともなかったのです。
 どうして、私は祈ることができなかったのでしょう。今になって思えば、孤独や絶望を感じていた時、私は自分のことだけ考えていたように思います。孤独を感じれば感じる程、私は自分の殻に閉じ篭るようになりましたし、絶望すればする程、私は望みを持たなくなりました。自分のことにだけ注目するのが、本当は、最も深刻な孤独であり、絶望だということには、その時には気付いていなかったのです。
 イエスよ、あなたがあのような孤独と絶望の中でも祈ることができたのは、あなたが神に信頼しておられたからなのでしょう。私にはなかった、自分よりも神のみ心を求める信頼が、祈りを可能にしたのでしょう。これほどの信頼の前では、孤独も絶望も何ほどのものでしょう。あなたは孤独や絶望を何とかしようと、却ってその泥沼にはまり込んでしまうことをせず、信頼という全く別のものでこれに立ち向かわれたのでした。
 私が祈ることすらできないでいる時、辛うじて祈れたのは、あなたが弟子たちに教えられた祈りでした。「祈った」というよりは、口を衝いて出てきたというべきなのかもしれません。私はそれで救われました。私はあなたの信頼に一瞬触れたのです。あなたのような信頼を持てるようになったというのではありません。私の中に孤独と絶望しかなくなったその時に、あなたの信頼が私を神に向けさせてくれたのです。
 あなたが孤独と絶望に信頼で立ち向かったその聖書の箇所を再び聞きました。私たちと同じような孤独と絶望を味わわれたからこそ、あなたは私たちの孤独と絶望をあなたの信頼で打ち破ることがおできになるのです。
 私は、孤独と絶望で祈ることができないでいた時に私を信頼へと導いてくれたあなたの祈りを祈ります。どうか、あなたの信頼が、私のすべてに行き渡り、私の心を信頼で満たしますように。
 天の父よ、‥‥

仕える

イザヤ42:1〜9、ヨハネ13:31〜35

 
 神からの平安がありますように!
 8月も終わりというのに暑い日が続きますが、いかがお過ごしですか。
 先日の修養会でご一緒できましたことを、心から喜んでいます。
 修養会ではいろいろな礼拝を経験しましたが、中でも洗足の礼拝は、様々なことを考えさせてくれる、貴重な体験となりました。まだ、あの時の感激は心に残っていて、思い出す度に心が震え出します。
 これまでに何度も、ヨハネによる福音書の13章は読んでいました。好きな聖書の箇所だと言ってもいいくらいです。だからそこには何が書かれてあるか、よく知っているつもりでいました。イエス様が弟子たちの足を洗われた。そうすることで、イエス様が「仕えられるためにではなく、仕えるために」この世に来られたことをお示しになった。それはまた、私たちに模範を示すためになさったことで、イエス様のように仕える者になるようにと私たちを招いていてくださる。
 説教で、あるいは聖書研究で、この箇所、ヨハネによる福音書の13章が取り上げられる度、説明され、納得してきました。
 でもそれは、頭の中で理解していたに過ぎないということが、今度のことでよく分かりました。イエス様は、シモン・ペトロに「今はついて来ることはできない」と言われたと書かれてありますが、私もついて行っていなかったのだということです。
 何よりも最初に感じたのは戸惑いでした。私が足を洗ってもらう順番が来てイスに座ると、私の直前に足を洗ってもらった人が、私の目の前にひざまずかれました。修養会で何回かご一緒した方です。長い間信仰を守り、育ててこられた方で、教会でも役員をし、奏楽や教会学校での奉仕をずっと続けてこられた方です。そのお話を伺う度に、ああ、なんてしっかりと信仰生活を送っておられるんだろう、私なんかまだまだだなあと思っていました。その方が私の足を洗うために、私の目の前にひざまずいておられ、私はイスに座っているのです。
 シモン・ペトロではありませんが、「あなたが私の足を洗ってくださるのですか」「私の足など、決して洗わないでください」と言いたい気持ちになりました。
 だから、シモン・ペトロがどうして、イエス様に足を洗ってもらうのをあんなにためらったのか、今はよく分かります。私よりも、人間的にも信仰的にも優れた方、尊敬する方が、私の足に触れようとしておられるのです。おそれ多い、もったいない、かたじけないと感じても、いわば当然のことでしょう。
 勿論、足を洗うといっても、最近流行の足裏健康法のように、しっかり洗ったり、マッサージするわけではありません。むしろ、本当にしるしに、右足にわずかの水をかけ、タオルでその水を拭うだけです。私の足にもわずかの水が注がれ、いや、付けられと言った方がいいかもしれません。そしてすぐにタオルで拭って頂きました。
 そうやって私の足を洗ってくださった方の方を見ると、深い悲しみと大きな喜びが入り交じったようなお顔をなさっています。喜びの方は何となく分かる気がしました。ご自分がこれまでしてこられた教会への奉仕が、イエス様のお命じになった「仕える」ことだということを、本当に納得なさったんだろうと思います。でも、悲しんでおられるように見えたのを理解するには、私が次の方の足を洗う番にならなければならなかったのです。
 私が足を洗う番になって、イスの前にひざまずきました。ひざまずくという姿勢で本当に自分を低くするということが、心を低くへりくだらせることを表しているように思えました。
 そのとき、私はこれまで本当にへりくだっていたのだろうか、本当の謙虚さを身につけていたのだろうかと、自分の信仰を反省しました。謙虚であることは大切なことだと教えられてきましたから、自分を低くするよう、努力はしてきたつもりです。しかし、振り返ってみると、謙虚であるために謙虚になろうとした、言葉では上手く言い表せませんが、そんなところがあるように思います。それは、イエス様がへりくだって、十字架の死に至るまで従順であられたというのとは、少し違うように思ったのです。私の場合、謙虚さを装うことで、かえって、他の人から、信仰が深いと思われたかったのではないか。そうすると、それは謙虚なのではなくて、結局傲慢だったのではないか、そんな気がしてきたのです。
 私が足を洗って差し上げたのは、若い方でした。出された右足に、ほんの少し水を付けて、タオルで拭いました。ふと目を上げると、その方がじっと私の手を見ておられます。私のすることを、多分次に自分がしなければならないと思って、しっかり見ておられたのでしょう。その時、これがイエス様の言っておられた「模範」ということかと思い当たりました。この人のした通り、この人のまねをしよう、そう思ってじっと見ることが、「模範に倣う」ことの第一歩なのだと感じました。イエス様に倣う歩みをするためには、イエス様のされたことにじっと注目し、言われたことを、心を澄まして聞かなければならないのです。でも、私がどれくらい、イエス様の方をじっと見、イエス様に聞いていたかというと、これもまた自信がありません。むしろ、自分の考えが先にあって、つまり、イエス様に倣う信仰の歩みとはこんなものだと分かったつもりになっていて、それを実行しようとしてきたのではないか、と思うのです。
 そんなことを考えて、足を洗った後もすぐには立ち上がらずにいたら、私が足を洗ったその方が、抱きかかえんばかりにして私を立ち上がらせてくださいました。私よりも若い方でしたから、きっと、私が足を洗ってもらっている間に感じていたように、もったいない、かたじけないと思っておられたのでしょう。そして場所を交替するときに、「ありがとうございました。神からの平安がありますように!」と言ってくださいました。この若い方の方が、私よりもずっと謙虚だと思いながら、席に戻りました。
 自分の席で、まだ沢山の人が足を洗いあうのを見ながら、「仕える」ということを考えていました。私たちは、自分が「仕える者」、聖書の言葉で言えば「僕」あるいは「はしため」であると思ってはいるけれど、本当は何に仕えているのだろうか。
 私たちが今生きている社会では、自分を主張し、自分のしたいことをし遂げることが素晴らしいことだと考えられています。そんな社会に住んでいますから、自分から情報を発信したり、自分を表現したりすることで、初めて自分の存在を確かめられるように、私たちは思い込んでいます。その裏返しに、そうしない者は「何もしていない」と考えられてしまうのです。だから私たちは、自分を前に出していかなければならない、自分を主張しなければならないという思いにとらわれています。
 しかし、そこに現れるのは、みんなが勝手に独り言を、しかも大きな声で言い合っているという、奇妙な姿なのではないでしょうか。そして、より大きな声を出した人が、いわば「勝ち」と見なされてしまう。
 そう考えると、人間の社会というのは昔も今も余り変わりはないようです。声の大きい人、強く自分を主張する人のことが真っ先に考えられ、何も言わない人、黙る方を選んだ人のことは後回しになってしまっています。
 そんな私たちの社会で「仕える」というのは、社会が考えるような望ましいあり方、つまり、情報を発信したり、自分を表現したりすることではないように思えて来たのです。
 当たり前のことですが、大きな声ではっきり主張するだけでは、コミュニケーションは成立しません。話したのと同じくらい聞かなければなりません。自分を主張しよう、自分の思うとおりにしようとする方の勢いが強い社会だからこそ、そしてみんなそうしなければならないと思っているからこそ、みんな主張し、声も段々と大きくなっているのですが、その結果誰も他の人の言うことを聞かなくなって、それで孤独やストレスを感じたりしているように思えます。こんな世の中で「仕える」ためには、自分は主張しない、自分の思い通りにしようとはしない、というのが大切なのではないでしょうか。そして、時に話すのを止めて沈黙してみるように、ふれあうように、一緒に食事をするように、奨め促してみる、そんなあり方ができるのではないか。
 イエス様は、ご自分が「仕えるために来た」とおっしゃいましたが、それはこんな意味だったのではないでしょうか。イザヤ書の42章に書かれているように、「叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない」(2節)で、そっと足を洗い、そっと触れ合う、そんな「僕」の姿を思い描いておられたのでしょう。そんなイエス様からすると、今の教会は声高にものを言いすぎるのかもしれません。
 私にとって「仕える」とはどうすることなのか、「愛する」ためにはどうすればいいのか、イエス様に倣い、イエス様と同じように「僕」となる道を、探して歩んでいきたい。洗足の礼拝の最後にはそう思うようになっていました。
 長くなりました。まだまだ厳しい残暑が続きます。お体お大切に。

真理と自由

箴言8:1〜3、32〜35;ヨハネ8:31〜38

 
 今朗読されたヨハネによる福音書8章32節には、「真理はあなたたちを自由にする」とありました。この言葉は、原田の森にあった神学館に掲げられてあり、わたしたち、関西学院大学神学部のいわばスクールモットーとして大切にされてきた言葉です。
 ところが、ヨハネによる福音書を読むと、この言葉を巡って、議論が起きたことが書かれてあります。しかも、「真理はあなたたちを自由にする」という言葉に対して激しい反応を起こしたのは、イエスを「信じた」人たちだったのです。そして、この後の長い問答を通して、イエスを「信じた」はずの人たちはイエスに幻滅し、最後にはイエスを石で打ち殺そうとするようになります。何が問題だったのでしょうか。
 人々は、自分たちがずっと「自由であった」と考えています。これに対し、イエスは、その人たちが「罪の奴隷」であると言い切る。これは完全に対立する認識です。そして、論争するどちらも、この立場から一歩も譲ろうとしない。これが、問題の根です。
 「自由」とは何でしょうか。私たちは、自由を重んじ、自由であることに最大の価値を認める社会に住んでいます。その場合の「自由」とは、「私がなりたいものになることができる自由」「私が思うとおりに行動する自由」を表しているでしょう。大学においては、「良心の自由」に基づく「学問の自由」が尊重されなければならないことは言うまでもありません。
 しかし、私たちは自分たちで思うほど、あるいは自分たちで「こうありたい」と願っているほど自由ではありません。私たちは、これまで育ってきた環境や、経験してきた出来事を通して、自分自身を形成してきました。私たちが何かに触れて感じたり、何かを考えたりするときは、これまで身につけてきたものを基準にしています。つまり、私たちは自由に考えたり、感じたりしているように思っていますが、実は、これまでの経験や、経験で培ってきた価値観に、「縛られて」いるのです。そして、その基準に照らしてよいものは受け入れ、その基準にそぐわないものは拒否するという判断を繰り返しています。
 これは、良い悪いの問題ではありません。私たちはどうしてもそのように考え、判断するし、また経験に基づいて形づくられた価値観なしには生きていくこともできません。
 また、私たちは、望むと望まざるとに関わらず、自分が生まれ育ってきた社会的環境の枠組の中でしか生きることができません。昨今言われているように、親の世代の格差は次の世代の格差をも生み出し、固定化します。このような社会にあっては、私たちは、ナイーブに「自由である」と言うことはできませんし、ある人の社会的・経済的状態が苦しいのを「自己責任」の一言で片付けてしまうことはできません。
 今日に生きる私たちは、自分たちがそれほど「自由」ではないことを認めることから始めなければならないと思うのです。自分の考え方や価値観が、時として自分を縛るものであることを率直に認め、この社会が私たちのあり方に対して大きな力を及ぼしていることを知らなければなりません。
 20世紀後半、学問の世界、ことに文学批評や社会の分析において問題となったのは、どのような主張も「政治的」であるということでした。別の言い方をすれば、ある事柄が「正しい」かどうかという判断も、立場によって、観点によって変わってくるという、人類の歴史を通して繰り返されてきた問題を正面から取り上げたと言ってもいいでしょう。事実、「真理」は、それを主張したい人たちの願いや思惑によって、さまざまに形を変え得るし、「真理」という言葉を使って、相矛盾することが語られることすらあり得るのです。
 「真理はあなたたちを自由にする」という言葉は、宗教的に深い真実を表しています。しかし、私たちは、イエスを尋問したポンテオ・ピラトのように、「真理とは何か」と尋ねずにはおられません(ヨハネ18:38)。そして、「真理とは何か」と大胆に尋ねることこそ、ことに、自分が信じている価値観、それに基づく「正しいこと」を問い直すことが、「自由」への第一歩だと言うことができるでしょう。
 「自由」という言葉には、「自由な人にふさわしい」「率直さ」や「寛大さ」という意味も含まれます。私たちが自分の持っている考え方や価値観さえ一旦保留して、他の意見、他の価値観が存在することを認める「寛大さ」、さらには、単に認めるだけではなく、他の意見に耳を傾け、対話をしようとする「偏見のなさ」、そして、必要があれば自分の意見を修正・変更することさえいとわない「率直さ」、これらは皆、「自由」であることの表れです。そして、このような「自由」を通して、私たちは自分自身から解放されて、「真理」に到達することができるのです。
 私たちはこの学び舎に、「真理」や知識を求めて集ってきました。その目標を常に見失わないようにしていたいと願うものですが、そのためには何よりも、自分自身から、私たち自身の持つ価値観や考え方から解放され、「自由」になることが求められていることを心に刻んで、この学年を歩んでいきたいと願います。

どうしてだか分からないときには

聖書:創世記4:1〜10、Ⅰヨハネ3:9〜18、マルコ7:14〜23

 
 創世記の最初には、私たち人間のあり方について、本当に深い理解が書かれてあります。とは言っても、人間とはこのようなものだということが、例えば、哲学の書物のように書かれているわけではありませんし、心理学の書物のように記されているわけでもありません。聖書の殆どで大切なことを伝えるのに使われている方法は物語、つまり、お話をするというやり方です。
 私たちがお話を聞くとき、どんなことを聞いているのでしょうか。何かそこに深遠な教えやありがたい言葉を求めているのかと言えば、そんなことはありません。話の筋、ストーリーの展開を楽しんでいることがあります。あるいは、そのお話しに出てくる登場人物の言葉や行動を読み取ろうとするときがあります。時には、(落語の「寿限無」のように)言葉の音を楽しんだり、おかしさを喜んだりしているのです。でも、よいお話・物語を聞いたり読んだりした後は、何かしら心に残るものがあります。
 聖書の中の物語も同じようなものだと思います。聖書という書物の中にあるからといって、最初から「こういうことを教えてやろう」とか「こういう教訓を伝えよう」ということで書かれたのではないでしょう。読む方も、そんな心構えで読まなくてもいい。むしろ、お話そのものを楽しんで読めばいいのです。そうして楽しんで読めば、その後に心に残るものがあるはずなのです。
 創世記4章には、最初の兄弟の話が書かれてあります。兄はカイン、弟はアベルと言います。この2人は、おそらく双子だったと思われます。ところが、それぞれは、違う働きを生業とするようになります。兄のカインは「土を耕す者」、弟のアベルは「羊を飼う者」となります。
 しばらくして、それぞれが自分の労働で得た「実り」を「献げ物」として神のところに持って来たところから、物語が動き出します。2人はそれぞれの考えに従って、自分が収穫したものから献げ物を持って来たのですが、神は、一方の「献げ物に目を留めた」が、もう一方の「献げ物には目を留めなかった」と書かれてあります(4〜5節)。
 どうしてだか理由は書いてありません。書かれていない分、古くから、この理由について、色んな説明が試みられてきました。例えば、このお話の背景には農耕と牧畜という2つの文化の違いがあるという説明は、ヘブライ語聖書学では、ある種「定説」のように扱われています。つまり、ここに書かれている物語は、ヘブライ語聖書を書いたイスラエルの人々が元来は牧畜をする遊牧民なので、農耕を背景とする周辺の文化を受け入れたり、それに親しんだりしてはいけないことを言い表しているのだというものです。
 また、ある人は、それぞれの「献げ物」についての書かれ方に注目します。神が「目を留められた」弟アベルの「献げ物」については「羊の群れの中から肥えた初子」を持って来たと書かれているのに対して、神が「目を留められなかった」兄カインの「献げ物」は、単に「土の実り」と書かれているだけです。ここから、アベルの方は選びに選んで、もっとも素晴らしいものを持ってきたのに対して、カインの方は適当に持って来たに過ぎない。だから、神は、扱いに差を付けられたのだという説明です。
 新約では、カインの性質が「悪い者に属し」ており、従って、行いも悪かったからだと、概ね言われています。今日の使徒書日課、ヨハネの手紙一3:12でもそのように言われていました。
 ところが、最初に「献げ物」を持って来たのは兄カインの方で、カインは何も悪いことをしていないどころか、神に「献げ物」を献げているのです。それが「悪い」と言われたり、充分でなかったりと言われてしまっては、身も蓋もないように感じるのは私だけでしょうか。
 正直なところ、カインの「献げ物」に神が「目を留められなかった」理由は、物語からは、「これだ」と決めることはできないように思います。そして、それこそ、まさに、カインの気持ちだったのではないかと思います。自分は自分でできるだけの「献げ物」を持って来た。それなのに、神は、弟の献げ物は「目に留められた」が、自分の献げ物には「目を留められなかった」。一体どうしたわけだろう。私たちも、お話を聞いて、疑問に思いますが、誰よりもカインは、疑問に思ったことでしょう。その気持ちが、「カインは激しく怒って顔を伏せた」(5節)という言葉に表されているように思うのです。
 ところが、神は、そのカインに対して、「もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない」(7節)と言われます。これは、全く正しい言葉です。他の人の評価がいかにもあれ、自分が正しいことをしているなら、それはそれで自信を持てばいいのですから。
 この正しい言葉を突きつけられたとき、カインは、自分の行動を率直に見つめることができませんでした。「正しい説明」や「正しい言葉」は、時に、聴く者にとって大変厳しい言葉になります。まさに、「良薬は口に苦し、諫言は耳に痛し」です。その厳しい言葉は、「一体どうしたわけだろう」と思っているカインの心には届きません。そしてカインは、「理由が分からない」「どうしてだか分からない」という気持ちに決着をつけるために、その原因を、身近な所に、直接に求める過ちを犯してしまったのです。
 カインは弟アベルを誘い出し、野原に連れ出して、そこでアベルを殺してしまいます。弟が献げ物をしなければ、弟がいなければ、神は自分の献げ物に「目を留められた」はずだと考えることで、自分を納得させようとしましたし、その考えを実行に移しました。
 カインのように殺人を犯してまでということはないでしょうが、原因を身近な所に、それも、自分が扱いやすいところに求めるのは、私たちの現実の姿であるように思います。そして、そのときに「正しい説明」や「正しいアドヴァイス」をしてくれる人の言葉に耳を貸さないというのも、私たちの姿を見事に描いていると思います。
 「負けに不思議の負けなし」と言ったプロ野球の監督がありましたが、それは、スポーツをはじめとするルールのはっきりしたゲームに言えることで、私たちの人生には、上手く行かず「どうしてだか分からない」ときがあります。自分では頑張ったつもりなのに、結果が出ない。きちんとしているつもりなのに、評価されない。自分では分からない何かのきっかけで、他の人から非難されてしまう。こういったことは、多かれ少なかれ、私たちが皆経験していることです。そのとき、私たちは、その責任を性急に誰かに、それも身近な誰かに見つけようとします。自分に責任を求めることもあります。他の人の責任にすることもあります。
 しかし、カインとアベルの物語が教えてくれているのは、どうしてだか分からないときに、カインのようにすぐに、誰かに責任を押しつけてしまって、誰かのせいだと考えてしまうと、それは、本当に問題のあるところを見逃してしまう危険性があるということです。また、それによって、人間関係も壊してしまうかもしれません。
 カインはこの後、弟を殺してしまった責めは負いましたが、別の場所で自分の人生を築きます。「理由の分からない」事態も、「一巻の終わり」ではないのです。責任を自分も含めて誰かに押しつけたいという考えを少し抑えて、落ち着いて事態を見つめるのがいいのではないかと、この物語を読んで、私は感じます。すぐに答えを求めないという姿勢はまた、自分を超えた存在である神への信頼でもあるのです。

神学と説教

聖書学と説教

聖書学、ことに批判的な研究をしていると、時折、「そのような研究では、説教の役に立たない」という批判を受けることがあります。この批判は、ある意味、当を得ていると言えます。というのも、歴史的批判的研究を中心とする聖書批評学のみならず、文芸批評−−脱構築やイデオロギー批評といったものも含む−−は、「建徳的」なメッセージを引き出すことを目的とはしていないからです。
しかし、他方、上のような批判は、聖書学が聖書本文を、また、そのイデオロギーや文学作用を批評することの意義を、あまりにも狭く考えていると言えます。批評された結果は、受け止められれば、思索し、その上で、現代的なメッセージを引き出すことを可能にする、いわば聖書という「宝の箱」を開ける「鍵」の役割を持っているのです。

間テクスト性

「間テクスト性」という言葉は、近年の文学や文化研究において用いられるようになった言葉ですが、実は、私たちがテクストを読む際に無自覚に行ってきた作業の本質を明らかにするものです。
「テクスト」はすべて、それ以前に存在していたテクストからの、無自覚で無数の引用から成り立っているのですが、同時に、ある「テクストを読む」ということは、他のさまざまなテクストを読む作業と関係しているのです。
聖書日課というプログラムは、複数の聖書箇所を1日に読ませるという点で、「間テクスト的読み」を促すものです。2つ(以上)のテクストが並べられて読まれるとき、そこには、単独では思いもよらなかった読みが浮かび上がることがあるのです。