職業運転者の睡眠時無呼吸症候群

●職業運転者と睡眠時無呼吸症候群※1etc.

職業としてトラック、バス、タクシー、鉄道、船、飛行機など運転する人は、日本には300万人以上もいます。肥満の人や男性は、睡眠時無呼吸症候群を発症しやすい傾向にありますが、職業運転者は肥満傾向の男性が多く、睡眠時無呼吸症候群の発症リスクが高いとされています。

発症リスクが高い一方で、職業運転者は睡眠時無呼吸症候群の自覚症状が乏しい傾向にあります。一例として、トラック運転者2万人に対しておこなった大規模な調査では、中〜重症の睡眠呼吸障害があるトラック運転者の86%が、眠気などの自覚症状に乏しいという結果でした。


居眠り運転事故1   高速バス事故

1.総務省の調査では、貸し切りバス運転手の9割が、運転中に睡魔、居眠りの経験があると回答。
2.関越自動車道高速バス居眠り運転事故(2012年)。睡眠時無呼吸症候群の運転手の居眠り運転により46人が死傷。


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交通事故の発生率※2etc.

多くの研究により、睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、健常者よりも交通事故を引きおこす確率が高いことがわかっています。運転者の眠気を原因とする事故は、事故全体の10〜30%を占めるとされています。

バスやトラックなど、車の居眠り運転事故は、ブレーキをふまないまま事故が発生するため、致死率が高く、複数の人を巻き込む大きな事故につながりやすい傾向にあります。

アメリカ・バージニア州での運転記録による実態調査では、睡眠時無呼吸症候群の患者さんの交通事故発生率は、健常者の7倍も高いとのことです。

交通事故の発生率が高いのは、いびきや無呼吸によって睡眠が妨げられた結果、運転中に寝てしまったり、うとうとしてしまったり、注意力が低下するためです。同様の調査結果は、日本、カナダ、スペインなどからも多数報告されています。

交通事故発生率交通事故発生率



居眠り運転事故がおきる時刻

運転事故は朝と夕方のラッシュ時に多いのに対し、居眠り運転事故は交通量の少ない時間帯、夜中から早朝にかけてと午後2時から4時にかけてに多発しています。この時間帯での事故が多いのは、人間の体内リズムのなかで、最も眠気が生じやすい時間帯だからとされています。

実際に、山陽新幹線(2003年、午後3時21分頃)、関越自動車道高速バス(2012年、午前4時40分頃)、北陸自動車道夜行バス(2014年、午前5時10分頃)でおきた事故など、この時間帯に睡眠時無呼吸症候群の運転手による居眠り運転事故がいくつもおきています。

北陸自動車道事故 2014年3月3日未明におきた北陸自動車道事故

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●居眠り運転の予防策

居眠り運転の予防策としては下記が挙げられます。職業運転者は非職業運転者に比べると、休めない、休まない傾向にあり、下記対策をおこなっていない人が多いとされています。


ふだんから十分睡眠をとり、睡眠不足が生じないように、規則正しい生活習慣を心がけましょう。

睡眠時無呼吸症候群であれば、適切な治療をおこないましょう。

眠気を感じたら、短時間(15〜30分程度)の仮眠をとるようにします。30分以上の仮眠は、眠気がとれなくなることがあるので注意が必要です。

仮眠明けは車外に出て、身体を動かして外の空気を吸いましょう。起きてすぐの運転は危険です。

コーヒーなどのカフェイン飲料を上手に摂取するのも一つの方法です。ただし、カフェインの効果が現れるのは、摂取してから30分後くらいです。また、糖分の入ったカフェイン飲料の大量摂取は、肥満や睡眠時無呼吸症候群の症状悪化になるので注意が必要です。

ガムを咬んだり、声を出すなどしてアゴを運動させると、脳が活性化します。


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睡眠時無呼吸症候群の重症度と事故発生率、治療効果※3etc

愛知医科大学の研究者が睡眠時無呼吸症候群の運転者1867人を対象におこなった大規模調査では、居眠り運転事故率は、睡眠時無呼吸症候群の症状が軽症〜中等症では9.6%、重症では9.8%、最重症では16.1%となり、症状が悪化するに従い居眠り運転事故率が高いという結果となりました。

事故発生率事故発生率
軽・中等症:AHI5以上30未満、重症:AHI30以上60未満、最重症:AHI60以上



一方で、適切な治療をおこなえば事故発生率は1/6に抑えられました。睡眠時無呼吸症候群の治療前1年間の事故発生率は6.3%だったのに対し、治療後1年間の事故発生率は1.0%にまで低下しました。

睡眠時無呼吸症候群であっても、適切な治療をおこなえば居眠り運転を防ぐことができます。

治療効果治療効果

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●日本国内における睡眠時無呼吸症候群が原因の事故


睡眠時無呼吸症候群が原因の事故は多く発生しています。2003年2月に時速270kmで走行していた山陽新幹線の居眠り運転事故、最近では2012年に関越自動車道で発生した高速バス事故、2014年に北陸自動車道で発生した夜行バス事故などがあります。

下記の事故はごく一部です。発覚していない事故などを含めると、かなりの事故数になるとされています。

日付 内容
2003年2月 山陽新幹線で居眠り運転事故

乗客約800人を乗せた山陽新幹線「ひかり126号」の運転手(33歳、身長170cm、体重100kg)が、前日にしっかり睡眠(10時間)をとったにもかかわらず時速270kmで8分間、26kmにわたり居眠り運転。
自動列車制御装置が作動し、岡山駅ホームの途中で自動停車したため、大事故にはつながりませんでした。運転手は車掌に起こされるまで熟睡し、その後の検査で睡眠時無呼吸症候群と診断されました。自覚なく、運転手は無罪。
2003年10月 名古屋鉄道新岐阜駅(現名鉄岐阜駅)で、急行列車が車止めに衝突、脱線して乗客4人が負傷。
運転手(34歳)は、その後の検査で中等度の睡眠時無呼吸症候群と診断されました。3月に会社がおこなったアンケートでは、眠気などの自覚症状は全くありませんでした。責任能力ありと書類送検。
2004年3月

全日空機で機長が居眠り操縦事故

羽田発山口宇部行きの全日空機で、機長(50歳)が飛行中に居眠り。検査のため操縦室にいた国土交通省職員(試験官)の指摘でいったん目を覚ましたが、再び居眠り。幸いにも自動操縦中のため、乗客・乗員184人に怪我はありませんでした。
事故後の調査では、睡眠時無呼吸症候群と自己管理意識の欠如が原因とされました。

2005年7月 山口県沖で貨物船が停泊中であった液化ガス船に衝突。重油が周辺に流出するなどの事故になりました。
事故後の調査では、睡眠時無呼吸症候群だった見張り役の一等航海士の居眠りが原因とされました。
2005年11月 名神高速で多重衝突事故、7人死亡

滋賀県の名神高速道路でパンクのために低走行していたワゴン車に大型トラックが衝突。7人が死亡する事故になりました。
事故の原因は居眠り運転とされ、トラック運転手は重度の睡眠時無呼吸症候群との診断を受けていました。運転手は禁錮3年の実刑。
2009年10月 熊本県で遊漁船が岩場に衝突して釣り客2人が死傷。船長の居眠りが原因とされ、事故後の検査で船長は中等度の睡眠時無呼吸症候群と診断されました。
2010年10月
横浜市営地下鉄で居眠り運転事故

横浜市営地下鉄戸塚駅で電車が800m通り過ぎました。
運転手(44歳)は指令所からの無線連絡で通過に気付いて戸塚駅に戻り、2600人に影響。運転手は睡眠時無呼吸症候群の疑いがあり、経過観察中でした。
 2012年4月 関越自動車道で高速バス事故、46人が死傷

運転手(43歳)の居眠りにより、関越自動車道でツアーバスが防音壁に衝突。7人が死亡、乗客39人が重軽傷。運転手はその後の検査で睡眠時無呼吸症候群と判明。運転手は懲役9年6ヶ月の実刑。
2012年7月 首都高速湾岸線で、ワンボックス車がトラックに追突され4人が死亡、2人が重傷。追突した運転手(70歳)は逮捕されたものの、居眠り運転を招くような勤務実態はなく、睡眠時無呼吸症候群の症状が確認された。
2014年3月 北陸自動車道で夜行バス事故、26人死傷

富山県の北陸自動車道・サービスエリアで、睡眠時無呼吸症候群の検査で要経過観察を受けていたバス運転手(37歳)が、居眠り運転によりトラックに衝突。2人が死亡、24人が負傷。
2015年1月 東急バスで居眠り運転事故、19人が重軽傷

東急バスの路線バスが居眠り運転により電柱に激突し、19人が重軽傷。運転手(56歳)は中等度の睡眠時無呼吸症候群でした。
事故の半年前に家族が気付き、病院で検査をしようとしたものの、予約が取れず放置していました。事故直前に何度もあくびをしたり、衝突3秒前からは顔を完全に下向きにしている姿が確認されています。
2018年10月
神奈中バスで居眠り運転事故、7人が死傷

神奈川中央バスの路線バスが居眠り運転により、桜木町の国道16号で乗用車に衝突し、1人が死亡、6人が負傷。運転手(50歳)は睡眠時無呼吸症候群で通院治療中でした。
2019年8月 横浜市営地下鉄で居眠り運転事故

横浜市営地下鉄踊場駅で電車が引き込み線の壁に激突。湘南台〜踊場間は10日間にわたって運行停止。運転手は事故後の検査で重症の睡眠時無呼吸症候群と診断。



●国土交通省、企業の取り組み※4etc

国土交通省では、2003年に発生した新幹線居眠り運転事故を受けて、国内のトラック、バス、タクシー、鉄道、海運、航空等の企業に対して、睡眠時無呼吸症候群の検査、治療を積極的におこなうことを呼びかけています。

睡眠時無呼吸症候群の患者さんは多く、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)の運転手1303人を対象におこなった調査では、睡眠時無呼吸症候群の運転手は10.4%もいました。

また、厚生労働省が関東地方の路線バスの運転手3109人を対象におこなった調査では、睡眠時無呼吸症候群の運転手が2.3%もいました。また、睡眠時無呼吸症候群ではないものの、交代勤務の影響などで日中に病的な眠気がある睡眠障害の運転手が2.2%もいました。

現在では個人、行政、医療機関だけでなく、企業も睡眠時無呼吸症候群に対して様々な取り組みをおこなっています。一例として日本通運やJR西日本では、全ての運転手に対して睡眠時無呼吸症候群の検査を実施し、問題があれば適切な治療をおこなっています。



※1 江口依里、谷川武 職業運転者の睡眠呼吸障害睡眠医療 8(1)53−62 2014 ※2 Findley LJ, Fabrizio MJ, Knight H, Norcross BB, LaForte AJ, Suratt PM. Driving simulator performance in patients with sleep apnea. Am Rev Respir Dis. 1989 Aug;140(2):529-30.  ※3 塩見利明、有田亜紀 睡眠時無呼吸症候群における居眠り運転事故調査 国際交通安全学会誌35(1)22−25 2010 ※4 鷲崎誠、島忍 鉄道機関における睡眠時無呼吸症候群対策 国際交通安全学会誌35(1)26−32 2010


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